超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2017-11-01から1ヶ月間の記事一覧

殻を剥く

しっかりと蓋を閉めた大鍋の傍、流し台の三角コーナーに、人のいなくなった電車が捨てられている。

どこへ

ベッドに潜ってみたものの、心臓の鼓動がやけに大きく響いて眠れない。 夜風に当たろうと窓を開けると、首輪とリードをつけた誰かの心臓が、街灯の下から私の部屋を見上げていた。

葉と文字

ある日自宅の郵便受けを開けると、葉っぱが一枚入っていた。 へたくそな字で住所と名前らしきものが書かれており、切手まできちんと貼られている。 肝心の文面を1時間近くかけて解読した結果、どうやら同窓会の招待状らしい。 鼻を近づけると案の定、獣の臭…

皮と風

ほとんど食べ残された私の皮が、すっかり萎んで流し台に捨てられている。 同じ家にいるはずなのに、もう三ヶ月も彼と顔を合わせていない。 今日も私は出来たばかりの皮を剥ぎ、彼の使っているお箸を添えて、彼の部屋の前にそっと置く。 物音一つしない家の中…

帰国

友人から外国旅行のお土産に缶詰をもらった。 外国で買ってきたという割にはやけに和風なデザインのラベルが貼られていたが、まあ、そういうものもあるのだろうと思った程度で、特に気にしなかった。 中身はたぶん魚か何かの肉でそれなりに美味しかったのだ…

妻と苺

十七で死んだ息子が天国にいると信じている妻は、今日も息子の姿を空に探すため、脚立を抱えてマンションの屋上へ足を運ぶ。 飛行機に乗ったらもっとよく探せるんじゃないの、と言ってみたことがあるが、妻は、それだと声が届かないから、と答えて優しく微笑…

食物連鎖

ワイングラスの中で揺れる私の魂を、その男はしげしげと眺め回していた。 どうやら食べられるところを探しているらしかった。 男は長い時間そうしていたが、振り子時計が鳴る音とともに突然諦めたような顔になり、執事に小さなスプーンを持ってこさせた。 そ…

爪をとぐ

いつものように学校へ向かう子どもたちを笑顔で見送っていたら、野良猫がやってきて私の脚で爪をとぎ始めた。 やはり動物は勘がいい。 私が人間でないとすぐに見抜いたらしい。 遅刻したらしい男の子が私に気づき、物珍しそうな目で私と猫を交互に見ながら近…

廃墟にて

廃墟になった一軒家のある部屋で、劇薬の入った瓶のラベルを読みながら、パジャマ姿のガイコツが首をかしげている。 いくら飲んでもちっとも効いている感じがしないのだ。 一刻も早く死んでしまいたいのに、薬を間違えたのかしら。 困り果てている女の頭蓋骨…

腕と光

私の左腕は夜になると光り出す。 それは暖かい朝の光だ。 耳を当てれば市場らしき喧噪や子どもたちの声、そしてかすかに波の音が聞こえてくる。 どうやら私の左腕の皮膚の下は、誰かの気まぐれによって、どこか遠い国とつながっているらしいのだ。 左腕の中…

ゆうべの歌

ゆうべの私の鼻歌に誘われてきたらしい一艘の船が、浴槽の残り湯にぽつんと浮かんでいた。 またやってしまった。 船の上の人々は、ぼんやり立ち尽くす私を見上げてぴーぴー何かわめいているが、申し訳ないけど私にはどうすることもできない。 なるべく船の方…

誘う目

女性の目が好きだ。 だから俺が恋人の写真を撮ると、自然と顔のアップが多くなってしまう。 ある日彼女がアルバムをめくりながら、「○○君って、食べられない部分ばかり撮るんだね」と言って笑った。「アルバムめくるたびにお腹空いちゃうから?」 俺はただ黙…

ねえ、給食の時間に目隠しさせられるのって、うちのクラスだけらしいよ。

取引

何となく寝付けないので、隣で寝ている女の顔を眺めていたら、ふいに女の腹の辺りに掛かっている布団の下で、何かがもぞもぞと動いた。 不審に思って布団をめくると、女の腹の上を、積荷を背負った馬と商人らしき男が歩いていた。 馬と商人は女の体の上をゆ…

決心

初めて彼女とホテルに行った。 シャワーを浴びて僕の前に立った彼女は、右のわき腹に蝶つがいが取り付けられていた。 「背中にはあまり触らないでね」 そう言って彼女は僕をベッドに押し倒した。 僕は曖昧に頷き、彼女の胸に顔を埋めた。 ノックの音のような…

仕送り

今日、実家から左の目玉が届いた。 ようやく視界が広がったのはいいのだが、漬物の空き瓶に入れられていたせいで、顔の左半分が何となく酸っぱい。

予習

ある春の夜、公園を歩いていると、静寂の中にかすかに蝉の鳴き声が聞こえた。 まだ夜は肌寒いというのに、ずいぶん気が早い。何より、足元の方から聞こえてくるような気がする。 誰かのイタズラかと思いつつ耳を澄ませてみたところ、どうやら樹の根元の地面…

この前夫が健康診断を受けた病院から、妻である私だけが呼び出しを受けた。 何事かと思っていると、医者は「ちょっとこれを見ていただきたくて」と切り出し、夫の肺のレントゲン写真を取り出した。 写真を見ると、夫の肺に影がくっきりと写っている。 髪の長…

トイレのトラブル

どうしよう。早くおしっこを済ませてベッドに戻りたいのに、トイレの扉の向こうから、ぶらんこを漕ぐ音が聞こえてくる。

ベイビー、ユーアーリッチマン

偶然通りかかった自販機のガラスケースの中には、女の首が一つ納められていた。 首の下にはコインを入れる穴と、何も書かれていない大きなボタンがあるだけだった。 財布の中にあった小銭をすべて入れ、ボタンを押すと、女の首がガラス越しに小さく笑った。 …

ハンプティ・ダンプティ

そんなに急いで、たくさん食べなくてもいいのに、と彼女は呆れたように俺に言う。 俺もそう思う。 けれど、彼女が砂糖菓子に戻ってしまう前にお腹を一杯にしておかないと、えらいことになってしまうのだ。 幸い、彼女はまだ自分の背中の一部がかじり取られて…

栄養

誰かが線路に飛び込むたびに、あの列車は肥っていくんですよ。

鯨とイソギンチャク

胸に造花を飾った鯨が体育館をゆっくり泳ぎ回りながら、低く張りのある声で堂々と送辞を述べている。 体育館には卒業生たちのすすり泣く声が聞こえ始め、やがて鯨の目からこぼれた涙とともに、万雷の拍手が響き渡る。 その音を遠くに聞きながら、イソギンチ…

愛妻弁当

昨日の夜、大喧嘩をした嫁が、今朝何事もなかったかのように弁当を手渡してきた。 その日は午前中から仕事が立て込み、いつもより昼飯の時間がだいぶ遅れてしまった。 ようやく休憩時間になり、鞄から弁当箱を取り出すと、弁当箱の底を突き破って、細かな棘…

しつけ

理科の実験で解剖したカエルの腹の中には、感謝の言葉が綴られた置手紙の他に何も入っていなかった。

慕情

俺の住む町の海岸にある日、大量の手紙が流れ着いた。 町の人々がそれを拾い集めて読んでみると、そこには覚えたてらしいたどたどしい文字で「わたしのこどもをかえしてください」と書かれており、傍らに幼いクラゲの絵が添えられていた。 人々は口々に「か…

Q

「どっちに入ってるか当てられたら、返してあげる」 握った拳を二つ突き出して、その人はそう言った。 僕らはあれこれ相談して、左手を指さした。 開かれた左手は空っぽだった。「残念でした」 こうして地上から太陽が消えた。

母になる人

公園に遊びに行っていた娘が、不機嫌な顔で帰ってきた。 どうしたの、と尋ねると、砂場でおままごとをしていたら、カビたエプロンをしたお姉さんがやってきて、お母さんの役を無理矢理とられてしまった、という答えが返ってきた。 今時の子どもも砂場でおま…

月に吠える

月の表面には相変わらず「Now Printing」の味気ない文字が浮かんでいる。 以前はベランダから月を眺めるのが好きだったのに、今ではすっかり興ざめだ。 ウサギの餅つきにはもう飽きた、とさんざん騒ぎ立てた連中の行方は、未だわかっていないらしい。

霧の国

玄関のドアを開けると、ちょうどトイレのドアが開いて、合い鍵を渡しているウェイトレスが出てくるところだった。 気まずい沈黙が数秒続いた後、ウェイトレスは何も言わずに手を洗い、そして私を急かすように、銀のお盆を指先でトントンと叩いた。 私はもう…