超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2020-01-01から1ヶ月間の記事一覧

ネズミ

天井から時々カリカリと音がする。ネズミがすみついてしまっているらしい。いや、ちょっと嘘をついた。「時々」ではない。正確には、テレビの朝のニュース番組の占いコーナーで、蟹座が一位になった時だけ、決まって天井からカリカリと音がする。たぶん、ネ…

注文

「今日はどんな感じに?」「全体的に短くしてください」「もみあげはどうします?」「自然な感じで」「眉毛の下は?」「剃ってください」「ネジは?」「締めといてください」

道を歩いていたら後ろから、チリンチリン、と自転車のベルのような音が聞こえたので、道の端に避けつつ後ろをちらりと見ると、首輪に鈴をつけたおじさんが、一心不乱に鳩をむさぼり食っていた。

歯医者さんの顔が蟻そっくりだった。小さいけれど額には触角らしきものまで。訊いてみると、お母さんが改心した蟻だとのこと。うーん。「改心した」って、何か、嫌な言い方だな。蟻より歯医者さんの方が正しいみたいで。

通信

娘が玩具の電話で何かおしゃべりしている。かわいいなぁ、と思いながら聞き耳をたてる。「……うん。……うん。……ええ、はい。……そうです。……今は娘の中にいます……」

ブレーカー

思い切り鼻をかんだらブレーカーが落ちた。やっぱり充電中はおとなしくしていないと、だめだな。

荒野の果てに建っていた謎の塔の正体が毛糸の先端であることが判明し、地球が巨大な毛糸玉である可能性が出てきた。

ピンチ

電車の中でお腹が痛くなり、着いた駅のトイレに急いで駆け込んだが、「人さらいに注意」という貼り紙がしてある個室しか空いていない。

分別

新しく引っ越した町のゴミ分別表には、すべての曜日に「赤ん坊×」の赤い文字が。

風邪

別れた恋人との思い出の写真を、ハサミで一枚一枚切り刻んでいたら、その夜、ハサミが風邪をひいた。刃を触ると熱くて、ちょきんちょきんとくしゃみが止まらなくて、看病が大変だった。次の日文房具屋に持っていくと、おじいさんの店員さんに「あなたが写真…

見もの

近所の雑貨屋に「毒」のコーナーが出来た。連日、若い女性で賑わっている。これからこの町からどんな人たちがいなくなるのか、見ものである。私も含めて。

うるさい

「ほら、体をこう、きゅっ、とすれば充分眠れるしさ、ここは空気もいいし、全面ガラス張りだから日当たりも申し分ないし、三食飯付きだし……まぁ、もっとも向こうは飯だとは思ってないかもしれないけど……とにかく俺たちそんなに悲観することないと思うよ、入…

恋人

霊感の強い友人に勧められて、家におふだを貼った日を境に、恋人がなぜか外でしか会ってくれなくなった。

譜面立てに、美しい蛾が一匹、羽根を広げてとまっていた。「私を弾いてごらん」そう言われた気がして、ぼくはピアノの前に座り指を構えた。一方お母さんは殺虫剤を構えていた。

父と冷蔵庫

酔った父が冷蔵庫の中に入っていってしまった。風邪をひくと思って扉を開けたら、父は三つ残っていた卵たちと麻雀卓を囲んでいた。呑気なもんだ。人が心配しているのに。眠かったのでそのままにして扉を閉めた。翌朝、すっかり冷え冷えになった父が冷蔵庫か…

足音

足音を食べる宇宙人が地球にやってきてから、靴屋さんの数が爆発的に増えた。今や街のいたるところでコツコツ、ザクザク、ムギュムギュ、パフパフ、色んな足音が聞こえてくる。そういえば、裸足で歩く人も増えた。媚びすぎじゃないか、と思っている人もいる…

水平線

水平線の向こうに沈む夕日の中に、もう一つ小さな丸いものが見える。と思ってよく見ると、それは水平線の結び目だった。ほどけていたのを誰かが結んでくれたようだ。結んだ分、世界は少しきゅっと小さくなっただろうが、ほどけてバラバラになるよりはいい。

銀行でATMを操作していたら、隣のATMから声が聞こえてきた。「ごめんなさい。もう来ないでください」そっと隣を覗くと、両手に札束を抱えた血まみれのロボットが、突っ立ったままうなだれていた。

愛してる

今日は朝から珍しく機嫌が良かったもんでさ、たまには女房に「愛してる」なんて言ってみるか、と思ったんだけどよ、いざ言おうとしたら、埃が積もってるわ、ネジは緩んでるわで、「愛してる」がぼろぼろだったのよ。ずいぶん言ってねえからなあ、最後に言っ…

綿

彼と手をつないで初めて、彼の中身が綿だと気づいた。ああ、そうか。いつも口元が笑っているのは、そういう形のフェルトだからか。ああ、そうか。いつも瞳がキラキラと輝いてるのは、ビーズだからか。あれれ。でも、そうすると、彼のこの温もりは、一体どこ…

下手

旅行先で撮った写真を見返していたら、ある写真の、背景にずらりと並んだ地蔵の目が、一つ残らず赤目になっていた。まったく、俺はつくづく写真を撮るのが下手だ。

処置

「いいなあ、××ちゃんちの猫。頭がないから咬まれることもなくて」「でもそのかわりたまに引っ掻かれるから、今度、脚も取ってもらうの」「へーぇ」

日々勉強

「食パンの耳、取ってもらえますか」そう言うとパン屋の店員はにこりと笑い、「かしこまりました」と答えつつ、耳の部分のネジを手際よく外して、あっという間に耳のない食パンにしてくれた。近くの公園へ行きベンチへ座り、家から持ってきたジャムを隙間な…

アザ

彼女が本棚から落ちてきた。とっさに彼女を抱きかかえる。彼女のからだのあちこちに、さまざまな文字のかたちをしたアザが残っているのに気づいた。「出てくるとき、いろいろあって」彼女は照れたように笑った。彼女がいなくなって少し軽くなった本を本棚の…

紙風船

予報どおり、その日は空から紙風船が降ってきた。毎年のことだが、色とりどりで美しい。空を見上げると、雲の端に、赤い着物やおかっぱ頭がちらちら覗く。私たちの住む村だけの現象らしい。村長は、代々村できちんと供養を続けているゆえのたまものだと胸を…

担当

向かいの家のベランダの物干し竿に、おばさんの皮と、息子の皮と、犬の皮が干されていた。すごいな、あの家。全部一人でやってるんだ。

「ごめんなさい。入れてよう。もういたずらしないからあ。中に入れてよう」(と泣きながら、一人の少年が、誰も映っていない姿見の鏡を拳で叩いている。)

きっとしあわせ

ある朝目覚めると、左足の小指と、目覚まし時計の短針が、かけおちしていなくなっていた。テーブルの上に残された書き置きには、「きっとしあわせになります」と、たどたどしい文字で。少しさびしくなった左足に、いつもより厚い靴下をはいて、目覚まし時計…

おみくじ

「羽 たたむが吉」「肉 血まで吸え」「牙 研げば安心」……ここのおみくじ、誰用なんだろう。

警告

ピピーッ、ピピーッ。笑顔が少なくなっています。もっと楽しく生きましょう。ピピーッ、ピピーッ。笑顔が少なくなっています。もっと楽しく生きましょう。ピピーッ、ピピーッ。笑顔ガン!ガン、ゴン、ガン!ピィーーーピィィィーー……。