超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2015-01-01から1年間の記事一覧

絆創膏とシャボン玉

夕暮れに、暗い顔をした女が、ベランダに出る。 夕日の中で女はシャツを脱ぐ。 女の腹には絆創膏が貼られていて、女がその絆創膏を剥がすと、小さな穴が空いている。 女はベランダから街を眺め、腹を優しくぽんぽんと叩く。 女の腹に空いた穴からシャボン玉…

チョコレートと鼻歌

停電の暗闇の中でチョコレートをかじっていると、どこからか鼻歌が聴こえてきた。 知っているような知らないような声で、知っているような知らないようなクラシックの曲の同じ場所を延々と繰り返している。 * チョコレートをかじり続けていると、やがて歯に…

人の焼ける煙を見上げながら歩いていたら、何もない道で足をひねった。 ただのねん挫と医者には言われたが、半年くらいぐずぐず痛みが引かなかった。

熱と指

湯が沸いてやかんがピーピー鳴き出したので台所に行くと、見知らぬ女がコンロの前にぼーっと立っていて、熱い湯気をしゅんしゅん噴き出すやかんの口に人差し指を突っ込んでいた。 蓋を開けたままのカップラーメンを握りしめながら、どうしたものか考えている…

心臓とガラス

目を閉じていても眠くならないので、目を開けると、ガラスの向こうに青空があって、その下で、係のおじさんが面倒くさそうに、俺の心臓を動かしているのが見える。 ほかに見えるのは、ガラスに貼られた撮影禁止のステッカー、氷が溶けて汗をかいているグラス…

雨に溶ける人

雨の夜、歩道橋の上に、雨に溶ける人が立っていた。 雨に溶ける人は、傘もささずに、車列のライトをぼーっと眺めていた。 私はいつもより静かに歩道橋の階段をのぼり、雨に溶ける人を遠くから眺めていた。 雨に溶ける人は、少しずつ雨に溶けながら、外国の歌…

ぶんぶん

近所に廃墟になった家があり、居間だったらしき場所に割れた電球がぶら下がっている。 その割れた電球の周りを、毎晩黒い虫がぶんぶんと飛び回っているのだが、たぶんあれは虫ではないし、羽音でもない。

舟とスプーン

椅子に座る私の目の前に、氷水の入ったコップがあり、水面にひしめく氷の隙間には、小さな舟が浮かんでいる。 小さな舟には人がいて、寝転んで空を眺めている。 その人は誰でもいい。 じゃあ私でいい。 椅子に座る私はストローを取り出す。先っぽがスプーン…

いらない服

太陽がしぼんでしわしわになってしまったので、みんなの家からいらない服を集めてきて太陽の中に詰めることにした。 みんなは少ししか持ってこなかったけれど、私の家にはいなくなった家族がたくさんいるから、私はたくさんのいらない服を持ってきた。 それ…

凛とした空の下に、山々の青が沈んでいる。 体を起こし、窓を開け、指を突っ込んでそれをかき混ぜる。 * 空の青と山の青と少しの雲の白が、渦を作りながら混ざり合い、窓の向こうがあざやかになる。 そうしたら指を引っ込めて、窓を閉める。 * 青と青と白…

昔住んでいた家の庭の隅には、私が幼い頃に亡くなった老犬の墓があった。祖母と私で作った手作りの質素な墓で、私は毎朝線香をあげ、墓の周りを掃除していた。 ある朝いつものように墓の前に行くと、墓碑が倒れ、土が掘り返されていた。カラスか何かのイタズ…

雨宿り

昔、妹と二人で遠い街に買い物に出かけ、その帰りににわか雨に降られた。 二人で病院の軒下で雨宿りしている時、急に水のにおいが濃くなって、鼻の奥がつんとした。 その後雨が小降りになってきたので駅に戻ろうとすると、妹が駅とは全然逆の方向にすたすた…

傘と骨

夜、ペットの熱帯魚に餌をやっているとインターフォンが鳴った。来客が訪れてくるような時間帯ではない。足音を殺して玄関のドアの前に立ち、そっとドアスコープを覗いたが、暗くて何も見えなかった。 仕方なくチェーンをかけおそるおそるドアを開けると、赤…

まだいる

あの頃の話をする。 * その日も、団地に建つある一棟のマンション、その最上階のエレベーターの前に、私たちは集まっていた。 私たちの間には、興奮と緊張がない交ぜになって漂っていた。 私たちは四五人の子どもの集団で、その中の一人は鳥かごを抱えてい…

ゆりかご

昔住んでいた家の近所に、庭の木の枝にゆりかごがぶら下がっている家があった。 ひと気はあるものの、誰が住んでいるとかそういうことは全然わからない家で、私は通学のために毎日朝と夕方にその家の前を通りかかり、木の枝にぶら下がったゆりかごを目にして…

海辺

殺風景な私の部屋の隅には、床から目が生えている。 私はそんな目の前で寝ころんで、朝から窓の外の秋空を眺めている。 目はじっと目を閉じている。 * 私がこの部屋にやってきた時から、目は一度も目を開けたことがない。 目はただじっと目を閉じている。 …

峠の我が家

買ったけれど読まずに積んでおいた本の山のてっぺんに、いつの間にか小さな家が建っていた。健康そうな若夫婦と、幼い子どもがしょっちゅう出入りしている。 これでいよいよ本が読めなくなってしまった。積み上げられた本の山にちょっと触れるだけでも、家を…

ストロベリーフィールズ

忘れられた庭の木に朽ちかけた鳥の巣があり、朽ちかけた鳥の巣は卵を一つ抱えており、卵には無数の小さな穴が開いていて、無数の小さな穴からは、目に見えないほど細い糸があちこちに伸びている。 * 忘れられた庭の木の根元、朽ちかけた鳥の巣の真下に、死…

砂場

夕日に染まる公園の砂場で、子供が穴を掘っている。 公園の出口辺りに設置されたスピーカーから童謡が流れている。 砂の上に長い人影が現れて、子供の目の前に横たわる。 子供は人影の主の方へ目をやる。 しかし逆光で顔がわからない。 * 子供は目の前の人…

泡と霧雨

休日の子供部屋。 少女が机に向かって勉強している。 目の前の壁には写真が飾られている。 どこかの湖で撮った写真。少女と、その家族と、晴れた空と、湖。 * 勉強に疲れた少女が顔を上げると、窓の外に霧雨が降っている。 さっきまで晴れていたのに。 少女…

クローゼット

家に帰ると、クローゼットが扉をばたばたさせながら何か歌を歌っていた。保安官バッヂをつけた象に踏み殺されたワニのギャングとかそんな歌だった。何だその歌。うるさかったので思いっきり蹴って黙らせた。 翌日、クローゼットの扉を開けると、すべての服に…

象を飼いはじめたよ。 象? あの、鼻の長い。 あの象? うん、あの象。 ふうん。 * 象はどう? 象は温かいよ。 象は吠える? 象は吠えないよ……少なくともうちのは。 象は何を食べる? 色々だよ。 色々? 草とか果物とか……穀物……芋……。 象といて楽しい? 象といて楽…

つばさ

彼女の名だけが書かれた封筒が、私たちの住んでいるアパートに毎月送られてくる。封筒を開けると、中には数枚の羽根が入っている。 封筒が届いた日の夜は、彼女といっしょに風呂に入る。彼女の背中のでこぼこした部分に、羽根を一枚ずつ挿していくのだ。 彼…

休憩と軽食

後部座席でうとうとしていたら山道の途中で車が止まった。 「ガス欠だな」と父さんが言った。 「さっき入れたばっかりじゃない」と母さんが言った。 父さんと母さんが車を降りてあちこちを調べ始めた。私と妹はぼんやりした目でそれを眺めたり眺めなかったり…

目眩

気がつくと、それを握りしめたまま、自販機の横にある空き缶用のゴミ箱に、手を突っ込んでいる、 手を離すと、ガコン、という音がする、思っていたよりもずいぶん大きな音だ、 ゴミ箱にたかっていた二匹の蟻が、一瞬身体を強張らせて、そそくさと逃げ出す、 …

ぴーっ

病室のベッドに、子どもの名前が書かれた四角い機械が置かれている。 傍らには父親らしき男が座っている。 父親らしき男はポケットから笛ラムネを二つ取り出し、一つは自分の口にくわえ、もう一つを機械のトレーの中に放り込む。 父親らしき男が笛ラムネを吹…

桃と水槽

(昼下がりの、狭い部屋。あなたと私が、テーブルを挟んで座っている。) (ここはあなたの部屋で、私は何かの用事があってここを訪れた。テーブルにはお茶や煎餅が置かれている。) (部屋にはガラス戸があり、その向こうにはベランダがある。そして、その…

逃がす

昨日学校から帰った後、もうこんなもの要らないと思って、おちんちんを取り外し、空気を吹き込んで窓から外へ逃がした。よぼよぼの飛行船みたいだった。 今朝学校へ行く途中、萎んだおちんちんが電線に引っかかっているのを見つけた。 いつもそこにとまって…

花と首輪

近所に住んでいたお姉さんの家の庭にあった花壇では、全ての花に首輪がはめられていた。古い布やリボンを加工したお姉さん手作りの首輪で、結構ちゃんとしたものだったと思う。お姉さんの家の傍を通ると、花壇から伸びたたくさんの首輪の紐が、庭に面したお…

白い土と赤い種

夜の商店で、缶詰を買った。寂しかったのだ。家に帰り蓋を開けると、女の綺麗な白い手首が現れた。 そっと手を握ると、握り返してきた。汗ばんで温かかった。爪には赤いマニキュアが塗られていた。 枕元に缶詰を置き、手を握って眠ることにした。白い手首は…