超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2014-01-01から1年間の記事一覧

掌編集・十

(一) 私が住んでいるアパートには、今死にかけの生き物が一人と一頭と居て、片方は私の部屋にいる私の娘、もう片方は隣の部屋にいる老いた象で。どちらももう長くないのだけれど、娘を看取るためにこの部屋にいるのは私だけで、片や象の周りには飼育係や新…

遠雷

(夏の坂道を、制服姿の少年が自転車で駆けている。少年の額には汗が滲んでいる) (汗はやがて筋となり、少年の頬を伝って、地面に落ちる) (地面に残された汗のしみは、少年の肌と同じ色をしている) * (住宅街の一角。小さな庭のある民家) (縁側。小…

しゅわしゅわ

海辺の小さなアパートに、女が住んでいた。 女は毎日、朝から晩まで、砂浜に腰かけて海を眺めていた。 女の肌には色がなかったから、夕暮れには女は夕暮れの色に、夜には女は夜の色に染まった。 ある日通りすがりの少年が、潮風の中に甘い香りを嗅いだ。それ…

月と海猫

丘の上の公園にある休憩所の屋根の上で、猫が月に向かってにゃあにゃあ鳴いている。何をしていると尋ねると猫は、 「月に歌を覚えさせているんです」 と私の声で答えた。 慌てて声を出そうと腹に力を入れると、金属製の薄いヘラで喉の内側を撫でられているよ…

掌編集・九

(一) 今日はお爺ちゃんを焼いてくれてありがとう。火葬場のマスコットキャラクターがモニター越しに話しかけてくる。待合室ではスーツのお姉さんが、お父さんとお母さんに麦茶を注いでいる。 おまけの玩具をあげますよ。モニターの下の取り出し口が低く唸…

おばけとハンドクリーム

どうやら、部屋におばけがいるらしい。 夜中にふと目が覚める。 体が熱っぽい。 私はうなされている、しかし私の声ではない。 枕元の湿った畳がわずかに沈み、額が冷たくなる。 柔らかいものが私の頬に触れている。 ハンドクリームの匂いがする。 体は相変わ…

日記

真夜中、部屋のどこかから物音が聞こえてくる。くちゃくちゃと、何かを噛んでいるような音だ。 何だろう。 肉っぽいな。 耳を澄ます。 物音は机の方からしているようだ。 机の前に立ち、抽斗を開ける。物音がよりはっきりと聞こえてくる。 やはり何かを食っ…

花とじょうろ

(晴れた朝。静かな住宅街。広い庭のある美しい家。) (庭の花壇には、白い蕾を付けた大きな花が植えられており、その前で、中学生くらいの娘が、じょうろを片手に地べたに座っている。) (娘はどこか疲れたような笑みを浮かべながら、花に優しく水を与え…

影とアヒル

影が水っぽい。疲れることばかり続いているせいかもしれない。歩くとちゃぽちゃぽ音がする。神経に障る音だ。近所の子どもが面白がって後ろを付いてくる。しかし追い払う気力もない。 ふいに、とぷん、と何かが投げ込まれる音がした。振り返るとさっきの子ど…

掌編集・八

(一) 生まれたときの記憶が少しある。 大勢の足音が私の周りに錯綜している。その足音の隙間に「電池、電池」という甲高い叫び声が聞こえる。ほどなくして体の中にガチャンガチャン、という音が響き、直後に私は大声で泣いている。 それだけの記憶だ。 今…

(一) ぽかんと口も目も開けて畳の上に転がる俺を見下ろしながら、彼女はおもむろに服を脱いだ。 彼女のお世辞にも綺麗とは言い難いからだが、畳と俺と砂壁と、とにかく部屋の全部を染めている夕日の色に鈍く輝いていた。 (二) 彼女は突っ立ったまま俺を…

林檎に着替えて

林檎に着替えてくるわと言って、彼女は寝室を出て行きました。 林檎に着替えた彼女は次の朝、庭の木の枝にぶら下がっていました。 林檎に着替えた彼女はよく熟れて、ちょうど食べごろでした。 林檎に着替えた彼女をその日の暮れ方、もぎって籠に放り込みまし…

あはははは

あはははは という言葉だけが刻まれた墓石が、ずっと向こうまで、ずっとずっと向こうまで並んでいますが、だからといって墓地に笑い声などが響いているわけではなく、それどころかこの墓地は、いつ来てもしんとしていて、本当に静かなので、あの人がどんな声…

夢を見た

夢を見た。 風呂の底に地球を沈めている夢だった。 あぶくが一つも浮いてこなかった。

マニュアル

毒の花を育てるゲームです。 目が覚めるとあなたの畑がありますので、そこに毒の花の種を撒きます。 ゲーム内の時間で一週間が経つと、毒の花が咲きます。 花が咲いたら収穫します。しかし、自分のキャラクターで収穫すると、毒が回って死んでしまいます。そ…

掌編集・七

(一) 駅前の公園を掃除している彼女は、明け方、公園の隅で冷たくなっていた私を、ゴム手袋越しに拾い上げると、波模様のハンカチに包んで、清掃服のポケットに突っ込んだ。ハンカチの中はざらざらして冷たかった。 昼休憩の時間、彼女は彼女以外誰もいな…

仕返し

家の柱がささくれていたので、剥いてみたら血が流れ出てきた。つーっと。 とりあえずそのままにして部屋に戻ると、私の部屋が少し狭くなっていた。

パートタイマー

珍しく朝早く目が覚めてしまった。何か遠くで機械の音を聞いたのだ。しかし何だったのかはわからない。 眠りなおすには半端な時間だったので部屋のカーテンを開けると、窓の外、夜が明けたばかりのきめ細やかな青色をさっと広げた空に、野球ボールのように真…

リンクを追加しました。

現代詩を発表されている「silentdogの詩と昼寝」というサイト様です。 独特の世界観も、語り口も、言葉のセンスも、ちょっとただものじゃありません。

影と夕暮れ

自分の影と喧嘩別れした。 夕暮れが物足りなくなってしまった。

嘘つき

(毎朝、誰かのうめき声が聞こえて、目が覚める。) 嘘つきめ。 う、嘘つき、 嘘つきめ。 (私の声だ。) (突っ張った喉から、しわがれた私の声が、切れの悪い小便のように、ちょろちょろ、ちょろちょろと漏れているのだ。) 嘘つき、 うう嘘つき。 嘘つき…

埃男(怪談)

(夕暮れ。公園の公衆トイレ。) (疲れた顔の男が入ってくる。) (墓石のように並んだ小便器の一番奥に人影が見える。) (男は人影と離れた小便器の前に立つ。) (人影は用を足しているふうでもなく、ただひたすら股間の辺りをもぞもぞといじっている。…

妻水

妻はある朝、水になりました。そしてその日から浴槽の底で、ゆらゆらと揺れています。 妻が突然水になり、私の生活は寂しくなりました。 妻が好きだったバナナを浴槽の底に沈めると、水になった妻は嬉しそうにぬるみます。 そのことが余計に私を寂しくさせま…

海の断章

旅行先で海の欠片を拾った。持ち帰って窓辺に飾ってみた。 窓から風が吹き込むたびに、海のない町の我が家に、潮の香りがひろがっていく。その潮の香りの中にうっすらと、外国の酒の匂いが混じっているときもある。 * 眠るときは海の欠片を枕元まで持ってく…

掌編集・六

(一) 夕方、職のない男が部屋で寝ている。ノックの音がする。男はしぶしぶ立ち上がる。 男はドアの外に声をかける。反応はない。男はささくれた指でドアノブを回す。扉が開く。丸太のようなものが飛んできて男の胸を貫く。 男はそのまま間抜けな顔で息絶え…

闇と川

(真夏。蒸し暑い夜。) (橋の下に老いた男が二人――髭の男と、野球帽の男。) (地面に敷かれた段ボールの上で、ともに暑さにうなされながら眠っている。) (空には月も星もない。真っ暗な闇の中に、男達の寝息と川のせせらぎだけが聞こえている。) (ふ…

昔私の幼いある日、母がパートから帰ってくるなり、あんたちょっと背筋を伸ばして、そこにまっすぐに立ちなさいと言った。母の額にはうっすら汗が滲んでいた。私は母の言う通りにした。観たいテレビがあったけど。 母はじっとしてなじっとしてなと繰り返しな…

象さんの幽霊

(夏のある日。墓地。立ち並ぶ墓石が、強い日差しを浴びてきらきらと輝いている。) (妙齢の女が一つの墓石に向かって静かに手を合わせている。) (その後ろで、女の幼い息子が退屈そうに、乾いた地面に這う羽蟻を眺めている。) (ふいにずん、と地響きが…

お母さんと鳥かご

お母さんと喧嘩した。もう口もききたくないと思った。 仲直りしようとしていたお母さんに「子どもは親を選べないから最悪だ」と言い放って部屋に戻った。 前にクラスの友だちが言っていたのを聞いて、一度使ってみたいと思っていた言葉だったのだ。 夕飯の時…

月と夜空

味噌汁に月が映っていた。すすったら前歯にこつりとぶつかった。 思ったより腹の足しになったが、夜空は真っ暗になってしまった。