超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2016-01-01から1年間の記事一覧

ライクアヴァージン

わざとらしい笑い声が響く団地の片隅で母親がテレビのボリュームを上げた 雲の上でパパが歯磨きしてるという娘のつぶやきをかき消すように

スウィートドリームス

らぶゆーと彼女は囁き私の小指を飲み込んだ。 部屋の外では年老いた見張り番が古い映画の夢を見ている。

月と葡萄

今日が終わり、今日がまた来る。 ふと見上げた夜空には満月がいくつもいくつも浮かんでまるで葡萄の房のようだ。 また少し狭くなったベッドの中で私が私の指に指を絡ませてくる。 また少し明るくなった月明かりから逃れるように私が私の手から毛布を奪う。

月になる

夜中にこっそりベッドを抜け出し、夜空に寝そべり、黄色い毛布をすっぽりかぶり、満月のマネをしてふざけていた姉は、やがて夜の闇に少しずつかじられて、半月になり三日月になり、とうとう跡形もなく消えてしまった。 次の日の朝、病院の人は、誰もいないベ…

ラバーズ

さよなら、愛しているよ。 真っ二つに切られる直前、トマトは確かにそう叫んだ。 べとべとになった手を洗い、冷蔵庫を開けると、レタスときゅうりがほのかに赤く色づいていた。 野菜室の中で何があったか知らないが、今日の夕方こいつらを八百屋で買ったとき…

猫と列車

満員電車に揺られていたら、どこかから猫の鳴き声が聞こえてきた。 乗客がざわざわしながら辺りを見回しているが、どうも私の足元に声の主がいるらしい。 そっと下を見てみると、子猫が2匹、不安そうに私を見上げていた。 白と灰色のまざった子猫が2匹、右の…

公園の藤棚の鳥の巣に、給食のパンをちぎってあげていたら、立派な服を着た人たちが空の上からおりてきて、「巣の中に巣があるわね」と笑いながら僕にパンを投げて寄越した。 僕は力なく笑いながら、パンについた砂を払った。

へそと手紙

弟か妹のつもりで接していた屋根裏のネズミがある日、俺の部屋にお別れを言いに来た。いつものぼさぼさの毛皮ではなく、小さな宇宙服を着て、小さなヘルメットを小脇に抱えていた。 天井を指さすので、天井の板を外し屋根裏を覗くと、小さな通信機の光のチカ…

氷と寝癖

寝ているあなたをそっと氷に閉じ込め、ベッドに乗せて窓に立てかけて、午後の陽を浴びながらサンドウィッチを食べる。 少しずつ溶けていくあなたのところへ、飼い猫がやってきて、喉を潤す。 目覚めたときのあなたの驚いた顔を想像して、思わずにやにやして…

額縁とクラゲ

描かれた海がほどけ、水の色を脱いだクラゲが額縁から逃げ出した。 見つからないように私の家を抜け出し、野良猫の追跡をふりきり、海へ行く列車に乗り込んで、今頃はどこかの勤め人の革靴の上で疲れた体を休めているだろう。 * 残された私は空っぽになった…

星と砂糖

本を閉じて目薬をさし、土曜日の月に腰かけて、生まれ育った町をぼんやりと眺めている。 かじりついたドーナツからこぼれた砂糖の粒が、星のふりをして夜空に降り注ぐ。 生きていた頃と何も変わらない退屈な町が、少しだけ色っぽく見える。 * 背の高いマン…

月とホットケーキ

台所でホットケーキミックスを混ぜていたら、ふいに雨音が途絶えた。朝から降っていた雨が夕方になってようやく止んだらしい。 リビングに行き窓を開けたら、どこからか土のにおいがした。 * たてつけの悪い窓を閉める時、土のにおいに古い思い出を呼び起こ…

にんげんの指にんげんの耳

両目をギョロギョロと動かしながら、じゃあこの問題をナカムラ、と言ってタカハシ先生は乾いた鱗に覆われた指の間からチョークを床に落とし、それを長い舌で拾おうとして、はっと我に返った。 ナカムラさんはそんな先生を意にも介さず、ツカツカと黒板に歩み…

鍋とラード

夕日を遮るたくさんの影の中から、笑い声が聞こえる。 ラジオから流れる夕暮の歌の中で、私はうつむいて立ち尽くしている。 夕日のほとりのドブ川に、すえたワインのにおいが立ち込めている。 ラードで地面に描かれた輪の中で吐き気をこらえる私を見て、チー…

いつも

元の私に着替えてくるから、そこで待ってて、すぐに済むから。 いつものようにそう言って彼女は窓枠に腰かけ、カーテンをさっと引いた。 * ベッドに身を沈めラッコみたいな格好で天井を眺める。 カーテンが目の端で揺れるたびに、紙切れみたいな光の欠片が…

羽根と火の輪

夕暮の児童公園に火の輪が佇んでいる。 もう随分前にサーカスを追い出された、古ぼけた火の輪だ。 ちろちろと切れの悪い小便のような火を身にまとい、かつてその身をくぐらせたライオンや虎の顔を思い出して、ぼんやりと日を潰す。 藤棚の上で火の輪を睨む、…

蛇と笛

ずっと昔、酔った女を俺の部屋で介抱していた時、乾いた寝息を立てて眠る女の首筋に、いくつもの穴が空いているのを見つけた。 何気なく指で一つの穴を塞いでみると、女の寝息の音色が少し変わった。エキゾチックな感じの不思議な音色で、聞いていると体中の…

チョコレートで出来た友達が

チョコレートで出来た友達が軒下で夜を待っている夕暮時野鼠に齧られた鼻の頭を気にしながら君は、チカチカ光りはじめたエッチなお店のネオンを見つめている。 * チョコレートで出来た友達が夜を待ちながら軒下で歌を口ずさんでいる夕暮時君の喉の奥に居座…

舞台用台本「ドーン」

(爆撃の音や銃声が聞こえる。)(舞台の下手、「怪獣」の姿が浮かび上がる。)(白いワンピースを着た華奢な少女。)(「怪獣」は周りの砲撃の音に耳を塞ぎ、目を強く瞑る。)(高まる砲撃の音。)(「怪獣」はやがて胸を押さえその場に崩れるようにして倒…

さんぽ道

盗まれた花や人形たちが、さんぽ道を縁取るように立ち尽くしている。縫い目のほどけたサルやクマたちは二階の窓に腰かけ、囁くように彼女たちを罵っている。 * 森をつらぬくさんぽ道は、毛糸の髪の毛を朝露で湿らし、燃えるような夕焼けの赤は、フェルト地…

good morning, good morning

明け方頃の町の空に、大きな子どもが寝そべって、眠たげな顔で面倒くさそうに、傍らに置いた藤の籠から、スズメを一掴み二掴み、町の電線にばら撒いていた。 スズメたちはどれも標本みたいに、ピクリとも動かなかったが、電線にばら撒かれた彼ら彼女らは、上…

ロボットと人間

青のロボットは海底で骨だけになり、魚たちの棲み処である空っぽの頭で、 さざなみの下日々、路傍に打ち捨てられた恋人のことを思い出している。 赤のロボットはバラバラになり、爽やかな風の吹くゴミ捨て場で、 桜の花びらに埋もれながら、六個の瞳で見つめ…

舞台用台本「夏のコント」

(夏。夕方。非常に暑い午後の空気が少し落ち着いてきた頃。アパートの一室。)(窓にぶら下がった風鈴、中途半端に育ったハーブの鉢植え、化粧品や小物が雑多に置かれたガラスのテーブル……等に囲まれて、一人の若い女(女1)が壁にもたれて、文庫本を読んで…

男の手紙が手錠になり、男の声が格子になり、台所の隅で男に抱かれながら、女は雨の朝の卵を茹でている。 * (私の細い肩が、ほどけた髪が、ぼやけた影となり、町外れの川のせせらぎにほつれている。) * 女の窓は男の眼差しだけで、女の世界は男の背中だ…

for no one

家の裏の小川で、叔母さんが苺を洗っている。 叔母さんの四本の腕が、叔母さんのお気に入りのグリーンのセーターとともに、小刻みに動いている。 叔母さんは三本の腕を使って苺を洗い、残りの一本でほつれた髪をかきあげる。 叔母さんの綺麗な顔は、僕の掌に…

Here Comes The Sun ver.2

「作業場」の上に広がる夜空に、金具を動かす乾いた音が響いている。 鉄くさい僕の指には、流れ星を動かす金具が握られている。 誰かが金具で動かしている夜霧が、ひんやりと肌に心地良い。 僕は夜空を見上げ、金具から手を離す。金具は元の位置に戻り始め、…

two of us

リエは凛としてリボンを結ぶ。 リエは凛として荷物を運ぶ。 リエは凛として妹を抱き上げる。 リエは凛として地図を広げる。 リエは寝床で鼻をかみながら、スケッチブックにまだ見ぬあの港町の絵を描く。 * リナは理由なく笑い出す。 リナは理由なく涙をこぼ…

くらげの看護婦さん

真夜中の水族館、くらげの看護婦さんが、水槽の柔らかい砂の上をとことこと歩いていく。 年老いた鮫の腹の音を聞くための聴診器と、絵を描くことが趣味の蟹の子のための点滴のパックと、マンボウのお母さんに飲ませるためのカプセルを詰めた鞄を片手に持って…

影と殺虫剤

病院の待合室でぼーっと座っていたら、壁にかかった私の影の胸の辺りが、少しずつほどけて、壁の中から誰かが出てきました。 怖くて動けなかったので、通りかかった看護婦さんに泣きついたら、影のほどけたところに殺虫剤をかけてくれて、そうしたら影が元に…

Girl

照明が焚かれ、遥の肌があらわれ、遥の鼻があらわれ、遥の歯があらわれ、遥の羽があらわれる。 * (客席はめらめらと燃えている。) * ショーが始まり、遥は舞台をぶらぶら歩いていって、はるかの果てに腰を降ろす。 * (客席はしんと静まり返っている。…