2025-05-01から1ヶ月間の記事一覧
午後のカフェでコーヒーを飲んでいた。斜め前の席に、こちらに背を向けて、若い女性が座っていた。彼女のテーブルにはスマホが置かれている。ふいに、そのスマホが振動した。彼女がスマホを手に取る。その時、偶然画面が見えた。画面には『着信:月』と表示…
ある日少年は、右手の親指が腫れてきたことに気づいた。それは日に日に大きくなっていった。母親とともに病院に行くと、医者が言った。「指がクジラになってるね」そう言われてみれば、腫れた親指はクジラの形に似ていた。「切って海に放すしかないかな」原…
ペットショップの駐車場に、UFOが停まっていた。そういえば、あのペットショップでは、人間を売っていたな。
雪が降った翌日、近所の小さな家の入口に、雪だるまが置かれていた。その夜、その家の前を通りかかると、雪だるまの顔が崩れていた。誰かが殴るか蹴るかしたらしい。翌朝、その雪だるまの傍の塀に、『殴らないで』と書かれた紙が貼られていて、顔が修復され…
その街に引っ越して最初の年の夏のある日、アパートの郵便受けに、簡素なチラシが入っていた。『ホタルをみよう!』というタイトルが、野暮ったいフォントで書かれていて、場所と日時が添えられていた。子どものためのイベントなのだろうが、ホタルなんて本…
ある日の昼下がり、パトカーのミニカーで遊んでいる息子に、母親が話しかける。「パトカー好きだね」「うん」「本物のパトカー見たくない?」そう言いながら母親は包丁を手に取り、無職の夫が寝ている部屋の襖に手をかける。ミニカーをじっと見つめていた息…
うちの定食屋に、おばさんの客が一人で入ってきた。そのおばさんは、遺影を抱えていた。遺影にはおじさんが写っていた。おばさんは隅の席に座り、おじさんの遺影を、自分と向かい合うように置いた。私がおしぼりを一つ持っていったら、おばさんは「おしぼり…
耳風邪をひいた。その影響で、あらゆる言葉が、愛の囁きに聞こえる。コンビニの店員の「いらっしゃいませ」が、電車の車内アナウンスが、赤ん坊の泣き声が、すべて「君を愛してるよ」に聞こえる。今年の耳風邪はたちが悪い。このままではどうにかなってしま…
夏の夜、開け放した窓辺で、煙草を吸っていたら、一匹の蚊が、耳元でささやいた。「それ美味しい?」「吸ってみるかい?」「吸うものなの?」「吸うものだよ」「血より美味しい?」「それはわからないな」「じゃあ、いいわ」蚊は俺の首元にとまり、血を吸っ…
夏祭りに行った。赤い浴衣を着て、出店が立ち並ぶ通りを歩いていた。その中に、金魚すくいの屋台があった。私がその前を通りかかろうとした時、足元に、何か赤い物が落ちてきた。それは一匹の金魚だった。水槽から飛び出してきたらしい。金魚はびちびちと跳…
ドコドコ、ドコッ。近所のおじさんが犬の散歩をしている。正確には、そのおじさんは、油性ペンで『犬』と書き込まれた小さな段ボール箱に、ハーネスとリードを付けて、それを引きずりながら散歩している。きっと犬が飼いたいのだろう。そう思っていた。ある…
図書館に一匹のハエが入ってきた。ハエは何かに導かれるように、詩集が収められている書架に飛んで行った。そして一冊の詩集にとまった。するとページの間から、長い舌が飛び出し、ハエを捕らえて、そのまま再びページの間に納まった。数日後、その詩集に、…
夜の飲み屋で、郵便ポストが酒を飲んでいた。ますます赤い。何かあったのだろうか。「顔なじみだった配達員の……」郵便ポストは言った。「……喪中はがきを入れられたんだ」あなたの家に、近日中に、酒臭いにおいが染みついた手紙が届いたら、その郵便ポストの…
「今夜から俺、近所の公園で寝るから」と父が言った。「どうして?」と尋ねると、父は私にお小遣いをくれた。「何のお金?」「広告料」「どういうこと?」「いびきに広告入れたんだよ」父はいびきがうるさい。それは悩みの種だった。父は、そのいびきに、葬…
花が収監されている独房からは、良い香りが漂ってくる。鳥が収監されている独房からは、かわいい鳴き声が聞こえてくる。風が収監されている独房からは、涼しい空気が漏れている。月が収監されている独房には、優しい光が満ちている。この刑務所の外は、どこ…
残業で疲れ果て、ふらふらになりながら終電に乗り込み、座席に座った瞬間寝てしまった。しばらくして、降りる駅が近づいてきたことを知らせるアナウンスが流れてきて、はっと目を覚まし、手の甲で目をこすろうとした時、手の甲に、何かが書かれていることに…
「地球ぅ~、地球ぅ~ぃ」地球売りのおじいさんが、地球を積んだ小さなリヤカーを引きながら、午後の道を歩いている。この春から、神様になった子どもたちに、地球を売って歩いているのだ。「一つください、おじいさん!」ピカピカに輝いている小さな男の子…
よれよれのスーツを着た中年の男が、夜道をとぼとぼ歩いている。その表情は暗い。ふと、男のつま先に、何かが当たる。それは一個の小石である。男は、何となく、それを蹴りながら歩き始める。やがて男はふと立ち止まり、かばんの中から、油性ペンを取り出す…
放課後の校庭で、天使部の部員たちが、腕立て伏せをしている。重い魂を持ち上げるために、腕を鍛えているのだ。あれなら俺がいつ死んでも安心だ。相撲部の部員の一人は、密かにそう思っているが、体重と魂の重さが比例するのかどうかについては、若干自信が…
宇宙服を着た人が、市役所にやってきた。その人は、離婚届をカウンターに置いた。離婚届には、氏名の欄に『太陽』と『月』と書かれていた。職員は尋ねた。「別れるんですか?」宇宙服の人はうなずいた。「どっちが出ていくんですか?」職員は尋ねた。宇宙服…
飼いネコが、窓辺に座り、窓の下を流れるドブ川を眺めながら、タバコを吸っている。そのタバコの箱には、ネズミのイラストがプリントされている。煙は独特なにおいがする。ネズミのにおいなのかもしれない。「ネズミ、捕りに行かないの?」私が話しかけると…
その死刑囚は、ある日、夕飯に出たニンジンを、食べずにそっと隠した。そして、その夜、布団からそっと抜け出し、窓の外に見える満月に向かって、先ほどのニンジンを差し出した。どうやら、ウサギを手なずけようとしているらしかった。この死刑囚は、ある誘…
砂浜に落ちている貝殻を、拾う。それに耳を当てる。砂浜に落ちている貝殻でしか、受信できないラジオ番組があるのだ。波の音が流れている。ああ、これは、先週私がリクエストした、故郷の波の音だ。私は目の前の海の波の音が聞こえないよう、もう片方の耳を…
バイトに行く時、自転車を漕ぎながらふと夜空を見たら、流れ星が飛んでいた。バイトを終えて帰る時、駐輪場にとめていた自転車の所に行ったら、前かごに、流れ星が入っていた。さっきの流れ星だった。偶然ここに落ちたらしい。大学院時代、星の研究をしてい…
夕方の電車に、お婆さんが乗っている。お婆さんは膝の上に縄を置き、それで静かに、首吊り縄を編んでいる。やがて電車が駅で停まる。お婆さんは電車を降りる。ホームの端に、スーツの男がいる。男はぼんやりと線路を見つめている。お婆さんはその男に近づき…
午後の部屋で、窓の外を見ながら、突っ立っていた。穏やかな陽光が、部屋の壁に影を作っていた。ふと、その自分の影に違和感を覚えた。影の真正面に立って、よく見る。しかしその違和感の正体がよくわからなかった。そこへ、窓の外から部屋の中へ、風が吹き…
散歩中、何気なく近所の神社に寄ったら、本殿の扉が開いていて、奥に、何かが置かれているのを見かけた。近づいてよく見ると、それは顕微鏡だった。レンズの先に、シャーレがあった。シャーレには『神様』と書かれたラベルが貼られていた。興味本位で、顕微…
今日はゴミの日だ。ゴミ捨て場にカラスが集まってくる。いや、しかし、今日は生ゴミの日ではない。資源ゴミの日だ。紐で縛られた書籍の束が数個、置かれているだけだ。カラスたちは何に集まってきたのだろう。すると、一羽のカラスが、書籍の束の紐をくちば…
入院している母のお見舞いに行った。母は眠っていた。枕元に千羽鶴が吊るされていた。この間、姉の子どもたちが贈ったものだ。ふと、その千羽鶴に違和感を覚えた。よく見ると、折り鶴たちの翼がすべて、手でちぎり取られているのだ。何だこれ。「逃げられな…
「海に行ってくる」研究所の所長は、職員たちにそう告げて、海へと車を走らせた。助手席には、実験動物が乗っていた。「海が見たい」と言い出したのは、この実験動物だった。実験の影響で、感傷的になっているのだ。海に着いた。所長と実験動物は、砂浜に並…