2023-02-01から1ヶ月間の記事一覧
のれんに「蜜」と書かれた屋台のカウンターで、静かに蜜を吸う三匹の蝶たちと、屋台の親爺の聴いているラジオから流れる、花を懐かしむ歌
息子が生前唯一履歴書を送った会社から届いた不採用通知を、息子の棺桶に入れる
その猫は地球上のあらゆる書物から「猫」を意味する言葉を削り取るため、爪をよく研いでいる
神様が練習用に作った星で、死ねない男と女が、泣きながら抱き合っている
人間の言葉を喋るようになった犬を、値下げすべきか値上げすべきか、ペットショップの主人は悩んでいる
婚姻届を書くと決めた前の夜、寝ている間に、両手の指が全部私から逃げてしまった
「4:44」を表示していた時計に、彼女が「うそつき」と笑いかけると、時計は照れながら、現在の本当の時刻を表示した
ある動物園でゴリラがゴリラを絞め殺した、というニュースを読み上げている最中、そのアナウンサーは笑いが止まらなくなり、スタッフに制止されながら、頭の中でぼんやりと故郷の田園風景を思い出していた
手品師が舞台上でシルクハットから取り出した、ささやかな白い花の花束が、彼の母親の墓の傍に生えていたものであることを、私だけが知っている
「心臓を拾いましたが心当たりのある方はいませんか」という広告が、もう一ヶ月も新聞に掲載され続けている
病床の娘の寝息を録音したテープのコレクションの中の第54巻を、別れた妻に盗まれる
眠る祖父のおでこに、祖父の体じゅうのほくろが集まって、何やらひそひそ話をしている
うちの婆さんは、ある夜、月をぶん殴るための長い棒を探しに行って行方がわからなくなった
「俺は親父みたいに死にたくないんだ」と訴えてきた雪だるまのために、熱湯を沸かしている
海女が、海底に沈んだわが子の髑髏をいつまでも撫でていて、溺れてしまった
その木は伐られた後も、影だけが地面に残って成長し続けている
午後の私鉄に、頭の上に焦げた木の球を載せた老人が乗っていて、どんなに電車が揺れてもその木の球は頭から落ちる気配がなく、むしろそれを落とそうとしているかのように、電車はいつもより激しく揺れている
蟻たちの戦争が終わって、私は泣きながら、庭にそっと砂糖を撒いた
それは元々うちの飼い猫が、鼠を殺す時に口ずさんでいた鼻歌なのだよ、とこの子鼠に伝えるべきか
死んだら赤い星になりたいので病床で苺をたくさん食っている
妹の心臓を蹴りながら帰る夕暮れの道
箒の先に絡みついていた髪の毛が、いつの間にか指に絡みついている
クビツリ猿が電車に飛び込んで死んだ時からおかしいと思っていたんだ
最後の朝日に蝿がたかっている
月を漬けた酒をちびちびやりながら、死んだ息子が作った竹とんぼを夜空に飛ばす
遺骨が喉に刺さったのでご飯を飲み込む
将棋盤に四十体並べられた金魚の死骸を前に、棋士たちは腕を組んで動かない
朝のテレビの占いで「飼い猫が死ぬ」と言われる
ひったくりで捕まったホームレスの爺さんが住んでいた段ボールハウスの壁や天井に、びっしり「侍」という文字が血で書き込まれている
久々に実家に帰ると、仏間の仏壇が逆さまに置かれていて、その前で家族全員がげらげら笑っている