超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

封筒

客が俺しかいないラーメン屋の厨房で、店の親爺が寸胴鍋からトングで、「遺書」と書かれた封筒を取り出した。

キラキラ

よく台所で寝てしまうので、換気扇の羽根が夢でキラキラ汚れている。

ポケットティッシュ

路上で配られていたポケットティッシュを断ったら、それを配っていた女の子が、「殺してくれ!」と叫びながら私を追いかけてきた。

巨人

頭部に無数の交通標識が刺さった巨人に車内を覗かれているが、教習所の教官は「慣れるよ」と言う。

雑巾

雑巾を絞っているうちに、雑巾から出てくる液体の量がどんどん増えていき、いつまでも掃除に取り掛かれない。

わしの詩

「わ、わしの詩が……」とつぶやきながら、お爺さんがバキュームカーを追いかけている。

空気清浄機

父の部屋の空気清浄機の「死臭」ランプが光っている。

耳の穴から電灯の紐が出ている女の子に告白されて、あなたになら、カチッ、てされても、私、いい、と言われる。

ジェスチャー

ボロアパートの階段に腰かけて哺乳瓶を吸っていたおじさんが、私が抱いていた赤ん坊を見て、「逃げろ」というジェスチャーをする。

位牌

紐にくくりつけた位牌を引きずって三輪車を走らせている男の子に、「誰の位牌だい」と訊くと、「あなたのだよ」と言われる。

逆さ

ファミレスの後ろの席の人が、「メニュー逆さだよ、メニュー逆さだよ、メニュー逆さだよ」ともう二時間言い続けている。

空き瓶

一人暮らしの部屋の床に、気が付くと、人形の脚が落ちていて、拾ってはジャムの空き瓶にためているが、こんなに綺麗な脚の人形の顔が見てみたくて、次こそは脚ではなく、といつも期待している。

宝石商

宝石商のその男は、客たちに宝石を勧めながらも、心の中では、自分が飼っている老犬の鼻水が、どの宝石よりも美しいと思っている。

ゾワッ

はい、ちょっとゾワッとしますよー、と言いながら、歯医者が俺の歯にお経が書かれたおふだを貼っていく。

牛丼屋で卵をかき混ぜていたら、店員がその卵を指して「それ俺の彼女っす」と悲しそうに言う。

胸毛

胸毛が首吊り縄の形をしている私に、胸毛が人間の形をしている男が近づいてくる。

ワンちゃん

現場検証のため、殺人犯を連れて森を歩いている時、とつぜん「そのワンちゃん、撫でていいですか~?」と、やたらデカい女の子に話しかけられる。

カブトムシ

昨日の夜、カブトムシを捕るために、森の木に蜜を塗っておいて、今日の朝、見に行ったら、大量のカブトムシが、木に釘で留められていた。

夜道

蚊取り線香を買った帰りの夜道を、運転席に誰もいない献血車に尾けられている。

仕事帰り、閉店間際のスーパーで、半額シールが貼られた唇の天ぷらを買い、帰宅後一人、衣を剥がして、出てきたしわしわの唇相手に、ファーストキスの練習をしていたら、泣けてきた。

充電

充電の切れたスマホを手に、女子高生が「猫の命貸してくださ~い」と、ペットショップへ入っていった。

書庫

図書館の一番古い書庫の奥から、生命維持装置の機械音がかすかに聞こえてくる。

禿げ頭の真ん中に「炎」と書かれているおっさんの集団が、我が家の外壁をぺろぺろ舐めているのを見た母が、悲鳴をあげて消防車を呼んでいる。

寿司屋

ふらりと入った寿司屋で、壁にずらりとかけられているお品書きを見ると、魚介類ではなく、殺虫剤の成分が書かれている。

透明

今日も飼い犬が透明になる時間が来たので、顔の上はもふもふで温かいが、天井の木目は見える。

のど飴

楽屋に現れた母の幽霊は、私の鞄の中ののど飴を見ると、私を軽く睨んで消えた。

蝶々結び

途中で蝶々結びになっている心電図の波形を見て、医者は立ち尽くし、病床の父は眠りながら笑っている。

尋ね人

学校の行き帰りにいつも見る「尋ね人」の貼り紙に印刷されている、パイナップルの写真が、今日見たら、パイナップルの缶詰の写真に差し替わっていた。

夕空

夕空を見つめるうちの犬のふんっ、ふんっ、という鼻息に合わせて、UFOがどんどん向こうへ遠ざかっていく。

マッサージ

墓石マッサージ師の叔父の冷たい手で体をまさぐられていると、まるで私まで死んでしまったかのような気分になってくる。