超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2012-12-01から1ヶ月間の記事一覧

夜道と哺乳瓶

夜道を歩いていた。繁華街を抜け、学習塾や民家が立ち並ぶ静かな通りに出た。道の両側には、弱々しい街灯の灯りが真っ直ぐに続いていた。辺りには誰もいなかった。 肌寒さを感じ、ポケットに手を入れた。季節は秋から冬に移ろうとしていた。冷えた小銭が指先…

うなじと微笑

夕飯の時、些細なことで女房と口論になった。一応謝ったのだが、女房はベッドに入ってからも、いつまでもめそめそ泣いていた。なだめたが益々調子に乗って泣きわめくので、呆れて布団をかぶった。 次の日目が覚めると、女房は水たまりになっていた。中を覗く…

花と林檎

私は病の床に臥せていた。布団は臭く、体中が痛かった。自分の病状も、いつからこうしていたのかも思い出せなかった。もしかしたら、生まれたときから病気だったのかもしれなかった。 カーテンの隙間から、日の光が差し込んでいた。朝だろうか、それとももう…

馬とエレベーター

エレベーターの扉が開くと、黒くて大きな馬が眠っていた。壁には蔦が絡まり、床には木の根が張り巡らされていた。湿気と草のにおいが漂ってきた。嫌な予感がしたが、疲れているのでエレベーターを使うことにした。馬に触れないようにそっと乗り込み、寝息に…

屋根と心臓

父に新しい心臓を買ってもらった。医者の薦めもあり、今使っているものより少し高いものを選んだ。どうせすぐに古くなってしまうので何を買っても一緒なのだが、むきになって反論し困らせる必要もないので、父の言うとおりにした。 買ってもらった心臓を部屋…

星と笛

好きな女の子の縦笛を舐めるために、夜の教室に忍び込んだ。人気のない教室は独特のにおいがした。夜の空気に晒されて耳や頬が冷たくなっているのがわかった。 好きな女の子のロッカーを開け、縦笛を取り出す。ビニール製のケースの皺の一本一本が月明かりに…

鳥と顔

毎朝部屋の窓辺に小鳥が集まってくる。人に慣れているので、羽や背中を触ってもちっとも逃げようとしない。胸を指でさわさわと撫でてやると、うっとりとした表情になり、喉をころころと鳴らす。 よほど気持ちいいらしく、その顔はやがてどろどろに溶けてくる…

蜜と行列

ポストに案内ハガキが入っていた。耳から甘い蜜が垂れてくる女の人からだ。とうとう蜜を舐めさせてくれるのだという。すぐに行列が出来た。しかし僕は関心がなかった。冷やかしにいくと、列の最後尾に、スーツ姿の父が並んでいた。会社に行っているはずの時…

錨と唾液の相互交換

人間ドックを受けたら、胃の中に錨が見つかった。浮気相手に愚痴ると、彼女はにんまりと笑い舌を出した。赤い舌の上に船が転がっていた。

遊園地と酒

デリヘルで遊園地を呼んだ。こういうものを利用するのは初めてだった。そわそわしながら待っていると呼び鈴が鳴った。 電話で注文したとおりの遊園地だった。若くはないが魅力的な目をしていた。厚手のセーターの下で、ゴツゴツとした鉄の塊が静かに息をして…

火星人と舌

僕の部屋には火星人が住んでいる。普段は壁紙の中にしれっと隠れているが、僕の心が薄く延ばされている時などに、気まぐれに壁から出てくる。 火星人は肩で息をしながらよたよたと部屋を歩き回る。奴は頭が異常に大きい。そして、その頭の中に、頭の数倍も大…