超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

増量キャンペーン

ある日の夕暮れ時テレビを観ていたら、夕日を管理している会社のCMが流れた。明日から一か月間影増量キャンペーン。タレントの女が叫んでいた。翌日の夕暮れ時、外に出て自分の影を見てみると、頭の上に一輪の花が生えていた。もちろん実際に頭の上に花が生…

甘/甘

いつも朝の通勤電車の同じ車両に乗り合わせる美人のお姉さんは、額に《無糖》と表示されている。凛々しい顔や立ち居振る舞いを見て、確かに甘くなさそうなお姉さんだ、と納得していた。ある夜、帰りの電車に乗るために駅に行くと、そのお姉さんが駅前広場に…

要求

ドラッグストアの育毛剤売り場に、毎夜、中年男性の幽霊が現れる。幽霊の頭部は禿げている。そして育毛剤を恨めし気な目で見ている。それだけなので、実害はないが気味が悪い。ある日、その噂を聞きつけた霊能者がドラッグストアに現れる。私にお任せを。店…

能力

俺が住んでいるボロアパートの隣におばさんが引っ越してきた。一人暮らしらしい。そのおばさんが引っ越してきてから、アパートの周りで蝶を見かけることが多くなった。始めは気にしていなかったが、冬の雪の日に蝶を見た時はぎょっとした。ある夜ベランダで…

その涙が

そのパチンコ店には、喪服や線香や数珠が、景品として置かれていた。そのパチンコ店には毎日、身内や友人が死んだ人たちが列をなして、景品の喪服や線香や数珠を獲得するために、パチンコに興じていた。パチンコに勝たないと、彼らは身内や友人を弔うことが…

夏の終わり

夏の終わり、スーパーマーケットで日雇いのバイトをした。《誰にでも出来る簡単なお仕事です!履歴書不要!詳細は面接にて!》実際にスーパーに行って店長に話を聞くと、果物売場のスイカを撫でてやるという仕事だった。何でそんなことを。夏の終わりが近づ…

ちちち

深夜、残業帰り、コンビニで、ちょっと高いお金を出して、青空の端っこを買った。自分への誕生日プレゼントだった。今日が自分の誕生日だということもさっき思い出したのだが。家に帰って、煙草のヤニで汚れた天井の真ん中に、青空の端っこを広げた。少し部…

生配信の林檎

今日も学校を休んで、ベッドに横になり、お母さんが切ってくれた林檎を食べながら、スマホで動画を観ていた。すると、私がブックマークしている、雲のトリマーのお姉さんが、生配信を始めた。今日はそのお姉さんが、ちょうど私の町の上空に浮かんでいる雲を…

旅の始まり

その僧は日々、修行に励み、悟りを得ようと頑張っていた。修行を始めた時少年だった彼は、今やすっかり老人になっていた。ある日、彼は夢を見た。まぶしく光り輝く一人の人物が、彼の頭を優しく撫でるという夢だった。目覚めた時、彼は多幸感に包まれていた…

その画家は害虫駆除業者に雇われている。彼の絵は害虫を惹きつける何かがあるらしく、彼の絵を展示する画廊はいつも、害虫の発生に頭を悩ませていた。そこである画廊の主が、同級生の害虫駆除業者に彼を紹介した。そしてこの業者から、彼の絵を、依頼を受け…

それぞれの仕事

中年男が夜中、一人オフィスで、残業をしている。仕事はまだまだ終わりそうにない。もうこんな夜が何日も続いている。中年男はため息をつき、給湯室でコーヒーを淹れようと立ち上がる。その時、オフィスの入口に白い人影を見つける。それはピエロである。後…

もきゅもきゅ

父母の墓参りに行った。広い墓地に墓石が立ち並んでいた。その墓石の中にもぞもぞと動いているものがあった。ハカイシモドキだった。まだ小さいから、子どもらしい。この墓地の近くに巣があるのだろう。私は父母の墓前に行き、花とお菓子を供え、線香に火を…

少女と少年

昼下がりの床屋で少女が一人、店主に長い髪を切られている。鋏の刃が動くたび、少女の髪の毛が床に落ちる。落ちた髪の毛は、しばらくずるずると床を這いずり回った後、店主の足にじゃれつく。店主はくすぐったくて笑い出す。少女は鏡の中の自分を見たまま、…

こいつの未練

ある夏の日の午後、扇風機をつけて昼寝していた。ふいに何かの気配を感じて目を覚ました。恐る恐る顔を上げると、一台しかないはずの扇風機が、二台あった。よく見ると片方は、去年捨てた扇風機の亡霊だった。久しぶり。俺が話しかけると、扇風機はわずかに…

再起動

《再起動しています》空一面にそんな文字が浮かんでいて、世界が静かに再起動している。僕はそれをベランダから眺めている。背後でドアが開く。恋人が星空遊泳から帰ってきた。ただいま。恋人のまつげに星屑がくっついている。おかえり。僕は恋人を抱きしめ…

果実を求めて

ある年、小学生の男の子が夏休みの自由研究で、悪人を食べる植物を造った。その植物のお陰で、男の子の住む市からは悪人がいなくなった。その植物の花はとても綺麗で、それにとても良い匂いがした。しかも悪人を食べてくれるのだ。男の子の植物は隣の市へ、…

朝のどきどき

通勤電車でいつも同じ車両に乗ってくるおじさんは、禿げ頭の真ん中に、イヤホンジャックがある。そのおじさんは電車に乗ってくると必ず、周囲を見回し、耳にイヤホンやヘッドホンをつけている人を探す。そしてそういう人を見つけると、さりげなく傍に寄って…

難しい問題

僕らの町にある火葬場は巨大ロボットに変形する。燃料は当然、死んだ人だ。僕らの町にはいつか怪獣が現れるという噂がある。火葬場はその時ロボットになって戦うのだ。ただその時に都合よく死んだ人が手に入るかはわからない。だから怪獣が現れたら死ぬ人が…

猫の毛

夜、仕事を終え家に帰る途中、自販機が目に入った。そういえば今日はコーヒーを飲んでいない。財布を取り出しつつ自販機に近づく。すると、自販機に貼り紙が貼られていた。《こころのきれいなひと半額》そう書かれている。そんなことどうやって判断するんだ…

着信

昼下がり、テーブルを挟んで男女が座っている。テーブルの上には林檎が入った果物かごと、男女それぞれのスマホが載っている。男は文庫本を読み、女は爪の手入れをしている。するとそこへ、着信音が鳴る。男女は同時に顔を上げる。二人はそれぞれのスマホを…

じゃあ百円

真冬のある日、神社へ願掛けに行った。受験とかではない。ある女の子に告白するので、それが成功するようにお願いしに行ったのだ。神社に着き、賽銭箱の前に立った時、賽銭箱から白い湯気のようなものが出ていることに気づいた。中を覗き込むと、体操服を着…

綺麗だから

病院を出たらタクシー乗り場に死神がいて、タクシーを待っていた。お仕事帰りですか、と話しかけると死神は、ええ今日は一人、と答えた。ふと死神の手元を見るとビー玉のようなものをいじっていた。あっそれってもしかして人の魂とかですか。俺が興奮して尋…

偏見かも

コンビニの店先や、オフィスの中にある、作詩所の掃除のアルバイトをしている。数十年前、当時の政府の政策によって、喫煙が違法行為に指定され、喫煙所が全て撤去された後、代わりに詩を書いてストレスを発散する方法が奨励されて以来、あちこちに作詩所が…

夕日の当番

今日は学校で夕日の当番なので、皆が帰った後も学校に残っていなければならない。職員室に行き、先生に耐火手袋を借りる。これ、手が変なにおいになるから嫌なんだよな。教室に戻った。皆帰ったと思っていたら、女子が一人、残っていた。帰んないの。僕は訊…

クソガキども

真夜中の大病院の遺体安置室の扉が、突然内側から開く。遺体安置室の中から、両手が光っている子どもたちが、げらげら笑いながら駆け出してくる。こらあっ。遺体安置室の管理人の老人が出てくる。またいたずらしおって。両手が光っている子どもたちが遠くか…

いい音

友人たちと数人でカラオケに行った。店はとても混んでいた。やっと部屋が空き、入室する時、マイクと一緒にマラカスかタンバリンを借りようと思った。そのことを店員に伝えると、今全部貸し出し中なんすよ、と言われた。そうですか、と残念がっていると、店…

あの子の子

大学生の頃に付き合っていて、社会人になってから関係が自然消滅してしまった昔の恋人から、ある日スマホにメッセージが届いた。あたし結婚する。おめでとう誰と。雲。へー。メッセージはそれで途絶えた。それから毎日、何となく、通勤の電車の中や、昼休み…

お優しい

明け方の街を歩いていたら、コンビニの裏口の方から男の歌声が聞こえてきた。そっと覗くと中年のコンビニ店員が、手に持った一個の梅のおにぎりに向かって子守歌を歌っていた。何してるんですか、と思わず俺が尋ねると、店員は、しっ、と唇に指を当てた。そ…

臨時休業

近所の雑居ビルが解体されていた。ガリガリ、ボリボリ、ゴックン。小気味よい音が響いている。見上げると、職人たちがよく手入れされた白い歯をきらめかせながら、ビルを上から食べ崩していた。ひょいひょいと飛び回りつつ、少しずつビルを食っていく。職人…

老人の目

老人の作業机には、様々な器具が散らばっている。老人の目の前には一匹の蟻ロボットが仰向けに転がっている。蟻ロボットは焦げ臭い。老人は特殊な拡大鏡を目にはめて、器具を手に取る。老人は蟻ロボットの修理に取り掛かる。老人の意識は目の前の蟻ロボット…