超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2012-10-01から1ヶ月間の記事一覧

エリナー・リグビーと最後の日

蛇に咬まれた。あと1日の命だという。 「大変お気の毒な話なので」 医者がいくらかの金を手渡してきた。 「これは?」 「好きに使ってください。有意義な余生を」 「使い道が見当たりませんので」 私は金を丁寧にたたみ、医者の手に返した。医者は困った様子…

川と靴

毎日夕方になると、町の中心を通る川の水面に、小さな靴が現れる。 水底から浮き上がってくるわけでもなく、空から落ちてくるわけでもなく、気がつくと水面に靴だけがちょこんと置かれている。ピンクの子供靴で、側面に相当古い漫画のキャラクターが描かれて…

黒い塊と監察医

解剖室の天井から吊られた裸電球の周りを、もやもやした黒い塊が飛び回っていた。若い監察医助手はメスを握ったままの手を止め、老監察医に尋ねた。 「怖くないんですか?」 老監察医は 「慣れたね」 とつぶやき、死体の頭を軽く小突いた。黒い塊がふっと消え…

蟻と地球儀

地球儀に蟻がたかっていた。 慌てて水洗いして、殺虫剤をかけた。においを嗅いでも特に何もにおわない。ジュースやお菓子をこぼした記憶もない。 首をかしげながら足元を見ると、追い払った蟻たちが、ちらちら振り返ってこちらを見ていた。 数日後、前回より…

保育器と記憶

最初の記憶は、保育器のなかでシーツの皺の数をかぞえていたことです。 次の記憶は、隣の保育器にいた女の子と目が合ったことです。 3つめの記憶は、金色の獅子が保育器の間をのっしのっし歩いていたことです。 4つめの記憶は、金色の獅子が隣の女の子のにお…

夏の日とバナナ

開業したばかりの果物屋に、小綺麗な母子がやってきた。 「すみません」 「何でしょう」 「息子のおちんちんを切り落としてしまったので」 「ええ」 「代わりに何か、いい物ないかしら」 「はぁ」 少し考えてからバナナを差し出すと、母親に 「あなたふざけ…

苺とつくし

ママはパパを誰にするかまだ決めていない。 うちのリビングには男の人が100人いて、みな裸のまま正座してママの返事を待っている。 ぼくの誕生日に、ママはケーキを作ってくれた。ぼくはケーキをたくさん食べた。ママはにこにこしてそれを見ていた。 ぼくは…

雑な思考と雑な屁

二度と会わないであろう人と、今日も会わなかった。 雑な晩飯を食べながら、雑な頭でそんなことを考えていた。 尻に力を入れたら、雑な屁が出た。窓を開けて確かめるのは面倒だが、空にはきっと雑な月が出ていることだろう。

恋人の詩と私の飼い犬

遠い場所に住んでいる恋人が詩を書いて送ってくれた。 嬉しくて嬉しくて、肌身離さず持ち歩いていたら、飼い犬が嫉妬してしまった。 ある晩胸騒ぎがしてベッドから身を起こすと、飼い犬が詩の喉元に噛み付いていた。 恐ろしくて恐ろしくて、何も出来ずに眺め…

乳と父

ママのおっぱいには左右にそれぞれ違う男の人の顔が彫ってある。 僕と妹が左右からぎゅーっとすると、真ん中で合わさって一人の男の人の顔になる。 その顔がパパにそっくりだということに妹はまだ気づいていない。

虹と家族

たしか4歳か5歳頃のことだ。 ある日曜日の朝、目を覚ますと窓の外に大きな虹が見えた。昨晩の大雨はすっかり止んでいた。隣家の塀から顔を出すつつじの花に、小さな水たまりが出来ていた。私はぼんやりとそれを眺めながら、窓を開けた。 すると、庭の方から…

ヒトデと漁師

死んでしまいたいと思いながら、砂浜を歩いていた。 夕日を溶かした波のかたまりが海のあちこちで萌えていた。 笑い声が聞こえた。 ふと前を見ると、疲れた顔の漁師が砂の上にうつ伏せになり、ヒトデとジャンケンをしていた。長いあいこののち、漁師がグーで…

タイプライターと地下室の夜

壁に様々な器具が吊り下げられている薄暗い部屋で、K子は古いタイプライターにムチを入れている。 タイプライターはFのキーをがちゃがちゃ言わせながら、全身を痙攣させている。ムチの勢いとは裏腹に、K子のテンションは低い。こういう客は慣れていないのだ…

一人暮らしとわけありの部屋

初めての一人暮らしである。妥協はしたくなかった。 もっと安い部屋はありませんかと聞くと、不動産屋は一瞬暗い顔になり、 「あるにはあります」 と答えた。 「いわくつきですか?」 と尋ねると、今度は何も答えない。ただ奇妙な笑みを口元に浮かべたまま、…

たい焼きと猫のにおい

4歳の夕暮れ、母と駅で電車を待っていると、向かいのホームのベンチに6歳くらいの女の子が座っているのが見えた。 女の子は手に持ったたい焼きを気だるそうに食べていた。膝には絆創膏を貼っていた。 目が合った。大きな目だった。猫みたいなにおいが鼻をつ…