超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧

三番線

ゴシック体の列車が、三番線に滑り込んできた。これに乗れば約束の時間までかなり余裕で目的地に着くことができるが、何しろゴシック体の列車はシートがかたくてお尻が痛くなるからなぁ。一本遅らせて、この後の明朝体の列車を待とう。明朝体は明朝体で、網…

涼しい風

気がつくと、消しゴムくらいの大きさになっていた。 窓辺に腰かけて、口笛をふいていた。 蝶が一匹、目の前を通り過ぎていった。 真っ白な羽が優雅に動くたび、全身にすずしい風を感じた。 * 気がつくと、電信柱くらいの大きさになっていた。 公園の真ん中…

イエローサブマリン

海にぷかりと浮かんで、ぼんやりと太陽を眺めていたはずだったのが、気がつくと俺のへそからは潜望鏡が生えていて、わき腹には丸い窓がいくつも取り付けられており、そこに集まって目を輝かせている子どもたちと、骨を伝わって聞こえてくる彼らの笑い声、ご…

おたま

夜空の星を眺めていたら とつぜん巨大なおたまが現れ ひときわよく光っていた一つの星を すっとすくい上げてそのまま暗闇へ消えていった 食べ頃だったからなのか それとも煮えすぎだったからなのか 理由はわからない だがせめて 前者であってほしいと思う そ…

逆上がり

廃校が決まった小学校の、真夜中の校庭で、古ぼけた人体模型が、逆上がりの練習をしている。邪魔にならないようにと傍らに並べられたプラスチックの臓物が、月明かりに照らされておかしな形の影を伸ばしている。人体模型はぎゅっと鉄棒を掴む。インクで描か…

勇気

朝起きて洗面所の鏡を覗くと、耳から毛のようなものがちょろっとはみ出していた。俺もいよいよジジイだな、と悲しくなりつつ引っ張ってみると、それは、細くよじれた文字の塊だった。「保険」「お義母さん」「世間」「左目」「スイッチを直して」 そんな言葉…

深夜バイトの帰りに、夜明け前の薄暗い商店街を歩いていたら、暗がりから妙な音が聞こえてきた。音の方へ目をこらすと、随分前に夜逃げした洋服店のショーウィンドウの中で、カラス?の群れが、マネキン?の腹?をくちばし?で破り、肉?を食って?いた。「…

怪盗

コンビニでおにぎりを買って一口かじったら、おかかが入っているはずのスペースに、薔薇の花びらが入っていた。コンビニに戻って事情を説明すると、「たまにおにぎりの具だけを盗んでいく怪盗が現れるんですよ」とのことで、新しいおにぎりと交換してもらっ…

そっち

ああ、満月って、ドアノブだったんだ。 あ、どうも、こんばんは。 あっ、そっちからだと、こんにちは、か?

、と。

庭の柿の木から実を一つもぎり、切り分けていると、本来なら種のあるべき場所に、種ではなく、丸いドーナツみたいなものが埋めこまれていた。五分くらい考えて、そのドーナツみたいなものが、句点であることに気がついた。するとどうやら、今まで種だと思っ…

路地裏で、「秋」 とだけ書かれた自販機を見つけた。 ので 興味本位で千円札を滑り込ませ 一つしかないボタンを押した ら その瞬間 周りの景色がぐにゃぐにゃに揺れ はっと気が付くと目の前に それは見事な銀杏並木が ずっとずっと向こうまで続いていて その…

我が家の家系図をさかのぼっていくと ××村の鍛冶屋の炉で行き止まった ご先祖様が今の俺を見たら どう思うかな ごめんな ぶよぶよで

用務員の日記

雨もないのに花壇の花が濡れている。見上げると、校舎の三階あたりに女の生首が浮いていて、手入れしたばかりの花壇を見ながらぽろぽろ涙を流していた。こんなに立派な花壇なのに、何を泣くことがあるのだろう?それともこんなに立派な花壇だから思わず?だ…

授与

右手にナイフを握りしめた男が ニコニコ笑いながら 人ごみの真ん中で 俺にそのナイフを振り下ろそうとしている が 道行く人も警官も何も言わないのは その男の左手に 俺の耳をかたどったトロフィーが 抱えられているからなのだろう 夕暮れの街の路上で 賞品…

プレゼント

包装紙とリボンで綺麗にラッピングした丸い雲がひとつ 秋の空をゆっくり流れていった 昨日買ってもらったばかりのおもちゃの飛行機が 何だか急にさみしく見えた

もこもこ

始発に乗るため いつもよりずっと早い時間に起きて カーテンを開けると 朝もやの向こうに 羊の大群が もこ もこ ぞろ ぞろ ひしめき合いながら まだ夜の残る少し暗い方へ 去っていくのが見えた どこかの誰かが やっと眠りについたらしい おやすみなさい いっ…

隣人

この辺の土地は、夜になると、電信柱の立ち並ぶ中に、たまにストローが一本、混じっていることがあるんですよ。そうです、ジュースとか、吸うための、あのストローです。だもんでね、夜に、ワンちゃんを散歩させる時は、気をつけてあげてほしいんですよ。人…

シャララ

友人から犬をもらった。「この子、魔法の犬なんだよ」とのことだった。魔法の犬か。魔法の犬ねえ。女の子だったので「オクサマ」と名付けて飼い始めた。が、このオクサマ、ただただ素直でかわいい雑種犬で、魔法の犬っぽいことをほとんどしてくれない。ふく…

治る

千羽鶴をぶら下げた、細い雲が、何本も、何本も、ゆっくりと、ゆっくりと、空を流れていく。 真っ青に輝く夕日に向かって。 早く治るといいね。 俺には、そんなことしか。

友情

この前の健康診断でわかったことなのだが、俺の背骨は本の背表紙になっているらしい。医者に見せられたレントゲン写真には、背骨に「友情 武者小路実篤」と刻まれていた。「何か心当たりは?」と医者に訊かれたが、さっぱり思い当たらない。「友情」なんて読…

侵略

昼寝をしていた。 * 夢をみた。 * 緑色の手と、握手する夢。 * 目覚めると、体が金縛りみたいに、動かせなかった。目だけ動かして、周りを見回すと、私の胸に、小さな旗が刺さっているのが見えた。 * お子様ランチみたい。だと思った。 * へそからは眩…

薬指

女の指が一本、尺取虫みたいに体を曲げ曲げ、道路を横切っていく。教会の方からやってきたらしい。ので、教会へ行く。教会では結婚式の準備が行われていた。なるほど。あれは薬指だな。直感する。薬指のところへ戻る。女の薬指は、すでに道路を渡り切り、海…

係のおじさん

裏の家のおじさんが、脚立とドライバーを持って、丘の方へ出かけていった。 じきに、雨が降るだろう。 あ、洗濯物。 おじさあん!

ウィンク

ベランダで星を眺めていたら、一つの星がウィンクするように瞬いたので、思わずこちらもウィンクを返すと、その星はふっと消えて見えなくなった。 次の瞬間、足元に何かが落ちてきた、軽い音とともに。 一通の手紙だった。 青だか赤だかわからない不思議な色…

フキダシ

からっぽのフキダシを 両手で揉みながら 公園のベンチにおじいさんが うつむいてこしかけている * もう何も言うことがなくなってしまった かわいそうなかわいそうなおじいさん 少し 長く生きすぎてしまって * しわだらけの掌の中で フキダシが柔らかく崩れ…

もっと上

背中掻いて。ベッドでうつ伏せに寝ていた妻が言った。読んでいた本を閉じ、妻の背中に指を這わせる。もっと上。もっと上。そうじゃなくて、上、もっと、上!妻に言われるがままに手を動かしていると、いつの間にか夜空に手が届いていた。赤く小さな星が目の…

ピィぷぅ

充電してください 充電してください ベビーベッドの中でそう繰り返す 妹の声が聞きたくなくて 俺はピィぷぅピィぷぅ鳴るビニールの犬を ひたすら踏みつけ続けていたっけ

カメレオン

夕日の色したカメレオンが、夕日の中からのそのそ現れ、遠くに見える山の向こうに、遠くの山の色に変わりながらのしのし去っていった。ぼくらの町のカメレオンが、今日もひなたぼっこを終えたようだ。山の向こうから、わずかな地響きを足の裏に感じる。一瞬…

蝶も俺も

夜、家に帰ると、玄関の上の方がほんのり明るい。よく目をこらすと、大きな蜘蛛の巣の中で必死にもがく蝶のシルエット、その蝶のシルエットの上を、プロ野球の結果を伝えるニュースが右から左へ流れていくのが見えた。 電光掲示板に擬態する蝶だ。この辺で見…

林檎

大きくあくびをした嫁の喉の奥から、象の鼻がにょろりと飛び出た。嫁は慌てて口をおさえていたが、もう遅い。見てしまった。いつからなんだろう。まさか、この林檎農家に嫁いできた時にはもう既に?