超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧

幸せのパーティー

仕事を終えて自宅のアパートに帰ると、自転車置き場に、死にかけのサメが横たわっていた。 背びれのところに鞍が取り付けられているのを見るに、どうやらこいつに乗ってここに来た誰かがいるらしい。 今日は夜から雨が降るって言ってたから、ここに置いとい…

いい日旅立ち

彼の切れ端に足を滑らせて、フローリングに転んでしまった。 思い切りぶつけた膝がじんじん痛む。 でも、これが彼から受ける最後の暴力だ。 湿った箒を右に左に動かす私を、夕闇がゆっくりと包んでいった。

ふたりで肥る

最近ちょっと食べ過ぎかな、とは思っていたが、風呂上がりに体重計の上に乗ってみたら、案の定ちょっと増えていた。 とりあえずダイエットはするとして、私が肥ったなら彼にも肥ってもらわなきゃいけない。 クローゼットの奥からもう着ない服や古いバスタオ…

最後の

菜箸がフライパンの上でくるくる回っている。 バターを溶かしているのだ。 昨日まで、窓の外の最後の一葉が落ちたら私も死ぬんだと思い込んでいたけど、全然関係なかった。 参ったな。

温もり

彼の温もりをいつも感じていたいから、しわしわのでこぼこになってしまうのはわかってるんだけど、ついつい電子レンジにかけてしまう。 温もりを感じるってそういうことじゃないのもわかってるんだけど、やっぱり冷たい肌なんて彼には似合わないから。

バグ

「バグ」というあだ名の牝牛が牛舎の壁にもたれ、前脚の代わりに生えている人間の女の腕で、自らの乳を搾っている。 こいつは手間がかからなくていいや、という牧場主の言葉を頭の中で反芻しながら、彼女は柵の遥か向こうにかすかに感じる父母のにおいを、今…

関門

私をモデルに、画用紙にクレヨンで機嫌よく絵を描いていたアヤちゃんが、ふいにピタリと手を止めて、難しい顔をし始めた。 どうやら、私の腰から下が徐々にグラデーションで消えているその境目を、どう描いたらいいのか悩んでいるらしい。

出歯亀

ある夜、帰路の途中にあるドブ川の傍を通りかかった時、水がびしゃびしゃと波打っていることに気づいた。 昼間見ても濁っているこの汚い川に生き物なんて棲んでいるのか? 興味本位でしばらく目をこらしていると、ふいに波がしんと静まり返り、直後に川の中…

研究報告

古生物学者たちの長年の研究の結果、某国のある地層から発見された生物の化石に共通する謎の骨片の正体は、骨ではなくファスナーの部品らしいという結論が導かれた。

遅延

スーツを着た首のない人々が、朝の駅のホームにひしめき合っている。 彼らの頭を運んでくるはずの列車が、今朝は少し遅れているのだ。 時計を見る目も、アナウンスを聴く耳も、遅刻の言い訳を考える脳味噌もみんな列車の中だから、彼らは朝の光の中で立ち尽…

文明

スプーンにまとわりついていた洗剤の泡は、渦を巻いて流れ去っていった。 満たされたようなそうでないような腹をさすり、俺は乾いた布巾を手に取る。 さっきまでこのスプーンの上で膝を抱えて泣いていた女の顔を思い出しながら。

恐るべき子どもたち

係の男に整理券を手渡し、案内された蛇口をひねると、黒っぽい液体が流れ出てきた。 男の子だ。 役所のパンフレットによれば、これを好きな型に詰めて冷凍庫で固めれば、入園式までには余裕で間に合うらしい。とりあえず一安心だ。 しかし子どもってのは本当…

大脱走

食べられるのが嫌だったわけではなかったらしい。 冷蔵庫の中から逃げ出した豚足は今、玄関で私のハイヒールを履いて楽しそうに歩き回っている。

新世界より

靴を揃え、遺書を置き、未練を捨て、マンションの屋上から身を投げた瞬間、なぜか体がふわりと浮かび上がった。 叩きつけられる予定だったコンクリートが視界の先遥か遠くで、波間に漂う板のように頼りなく揺れている。 わけもわからず呆然としていると、ふ…

ファミリーレストラン

向かいの家の家族は、雨が降ると一家揃って傘もささずに外出し、雨が止む頃、ぶよぶよに肥って帰ってくる。

ハートのクイーン

ハートのクイーンを握りしめたままの腕を楽屋で自ら切り落とし、老手品師は行方をくらませてしまった。 彼がいなくなった理由は誰にもわからなかったが、彼のパートナーであった鳩たちは、今日も健気にシルクハットの中にうずくまり、来ることのない出番を待…

今日もまた、名前を呼ばれた愛犬が、壁の中にいる誰かに確認をとってから、私のもとに駆け寄ってくる。

蝶が泣く

じょうろに水を溜めて庭に出ると、一匹の蝶が、プランターに植えてある花の上に突っ伏して泣いていた。 うずまき状の口からは細い嗚咽が漏れ、涙は茎を伝って土に染み込んでいる。 何だかその姿が、酔っ払った時の妹に似ていると思った。 今朝は朝から暑いか…

ごちそうさま

温めたコンビニ弁当を電子レンジから取り出そうとした瞬間、家のチャイムが鳴った。 しぶしぶ玄関に行きドアを開けたが、そこには誰もいなかった。 タイミングの悪い、しかも幼稚なイタズラに腹を立てつつ部屋に戻り、改めて電子レンジの扉を開けると、中か…

猫のゆりかご

散歩中に通りかかった林道の外れから、小学生の集団がわいわい騒ぎながら現れた。 それぞれが手に給食の余りらしきパンや牛乳を持っていたので、捨て猫でもいるのかと思い、林道の奥へ行ってみると、案の定落ち葉の上に段ボール箱が置かれていた。 近づいて…

ママはご機嫌

クラスメートに笑われないようにと、お母さんは今日の遠足のお弁当にお肉をたくさん入れてくれた。 甘辛い味付けのそのお肉はとても美味しかった。 家に帰り、お母さんにありがとうと言いながら抱きつこうとしたけど、もうお母さんには抱きつけるところがな…

誕生

公園をジョギング中、敷地の隅に枯れた花壇を見つけた。 周りの花壇には鮮やかな花が咲き乱れているのに、その花壇一つだけが不自然に枯れ果てている。 休憩がてらぼんやりと眺めていたら、花壇の土がもこもこと盛り上がって蠢きはじめた。 モグラでもいるの…

サンライズ・サンセット

歩道橋の階段をのぼりきる直前で、雪だるまはバランスを崩して粉々になった。 春の太陽が美しく見える場所で溶けていきたいと思っただけだった。

ダイアリー

水槽の底の死んだ蟹を一日見つめていた。 夜の11時頃、蟹の口からちいさなあぶくが一つ浮かび上がった。 よかった。 日記に書くことができた。

ベイビー、アイラブユー

産休中の担任の先生の家に遊びに行った。 先生は赤ちゃんくらいの大きさのゴミ箱を抱えていた。 「だっこしてあげて」と言われ、おそるおそるゴミ箱を受け取ると、中には石鹸と粉ミルクがぎっしり詰まっていた。

身代わり

役所の用意した祭壇に、年老いた母子連れが手をつないで近づいていく。 今日はあの二人か。 でも、一日一人だけって決まりだったはず。 どっちなんだろう。 ……あ、昼休みの鐘だ。 母親ならラーメン屋、せがれの方なら牛丼屋だな。