超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

別れる

 彼女の部屋に、ポイントカードがあった。「何のポイントカード?」「恋」「恋?」「あと三回恋したら、スタンプが一杯になって、高級コスメをもらえるの」彼女は言った。俺は彼女と別れることにした。高級コスメでますます綺麗になった彼女を見たかったからだ。

調整

 スーパーマーケットに行った時、証明写真機の前を通り書かかったら、機械の中に誰かいるらしく、カーテンが閉まっていた。そのまま通り過ぎようとしたら、機械の中から、電子音声が聞こえてきた。「触角が枠内に入るよう調整してください」ああ、虫たちも就職活動の季節か。春が来るのだ。

人情

 母の死体を背負って、火葬場通りを歩く。客引きの男たちがひしめいている。火葬場の客引きたちは俺と、母の死体を見て、「火葬場お決まりですかあ?」などと声をかけてくる。しかし、どうにもピンとくる火葬場がない。客引きたちを無視してそのまま通りを抜けようとした時、「お綺麗な死体ですね」と声をかけてきた客引きがいた。「お母さまですか?」「はい」「美人ですねえ」そんなことを言われたのは初めてだった。俺は嬉しくなってしまい、結局その客引きの火葬場で母を焼くことにした。軽薄かもしれないが、それが人情というものだろう。

打ち上げ花火

 仕事帰りにドラッグストアに立ち寄ったら、幻覚剤のコーナーで、打ち上げ花火の幻覚を見る幻覚剤を買っている人を見た。そうか……地球はもう夏か。

晩年

 その老婆は、毎年、決まった日に、交番を訪れ、そこに貼られている指名手配犯のポスターの写真に、メガネや帽子、シャツなどをあてがって感慨にふける。決まった日というのは指名手配犯の誕生日で、この指名手配犯は老婆の息子だ。今頃息子はどんな風体になっているか、どこにいるか、老婆は様々な空想を巡らせて、交番の警察官に介抱されるまで泣きじゃくっている。この指名手配犯が長い逃亡生活の末に逮捕されたのは、何十年も経った日のことだった。老婆はとっくに死んでいた。晩年、老婆はポスターの息子の口元に、哺乳瓶をあてがっていたという。

名前

 夏だった。スイカ割りをしようと思った。八百屋でスイカを買った。そしてそのスイカに名前を付けた。名前を付けた方が、砕いた時に楽しいと知ったからだ。先日、あのおっさんの頭をかち割った時、あまり楽しくなかったのは、あのおっさんの名前を知らなかったからだ。俺は海へと歩いていった。夏の街は、名前の知らない人で溢れていた。

孤独だった人

 友人の結婚披露宴に出席した。ご祝儀を受付に出すと、受付のスタッフが、「会場にお入りになる前に、これを」と言って、一本の注射器を手渡してきた。注射器の中には黄金色の液体が入っていた。俺はスーツの腕をまくり、それを注射してから、披露宴会場の扉を開けた。中にはすでに大勢の人々がいて、談笑していた。俺は自分の席に座った。昔の同級生と同じテーブルだった。昔話に花を咲かせていると、やがて会場の灯りが落ちた。司会の女性が「それでは新郎新婦の入場です」とアナウンスした。スポットライトが照らす方を見ると、タキシードを着た友人と、ウェディングドレスを着た美しい新婦が手をつないで会場に現れた。みんなが一斉に拍手をした。俺は「おめでとう!」と叫んだ。友人が俺に気づいて、新婦と顔を見合わせて、照れ笑いを浮かべた。幸せそうだった。何だか泣けてきた。ずっと孤独だった友人を知っていたからだ。その後、新郎新婦のなれそめをまとめたビデオが流れたり、友人の上司のスピーチ、新婦からの両親への手紙の朗読などが行われた。俺は美味しい料理を食べ、酒を飲み、涙を流していた。式が終わった後、俺は真っ先に友人に駆け寄った。そして友人を抱きしめようとした。その時、受付で注射した液体の効果が切れた。俺は誰もいない、壁や天井がボロボロの小部屋で、泥の塊を抱きしめていた。そうだ。俺には友人などいない。ずっと孤独だ。帰る時に、さっき出したご祝儀を回収するのを忘れないようにしなきゃ。