超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2017-12-01から1ヶ月間の記事一覧

あつい、あつい

「あつい、あつい」 とつぶやきながら、私の耳の穴の中から何かが出てこようとしている。

すれちがい

近所の自販機の横にある空き缶用のゴミ箱には、「指をつかまれても無視してください」という注意書きが貼られている。 何度もためらったような煮え切らない文字で、ただその言葉だけが書かれている。 仕事の行き帰りにその自販機を頻繁に利用するのだが、注…

砂の城

妻の携帯の待ち受け画面は、俺の寝顔だ。 間抜けな顔で眠りこける俺の顔のあちこちに、無数の子どもの歯型が浮かび上がっている写真だ。 よく、撮れている。

胎動の日

ある夜、帰路を急いでいると、町で一番大きな交差点に大勢の男女が寝そべっていた。 皆でアスファルトに耳をつけて、「あ、動いた」「動いたね」と口々に言いながら微笑み合っている。 音を立てぬようそっと横を通り過ぎた時、街灯の光に照らされた彼らが、…

くさり

私の父は毎年3月2日の夜に、一人物置に行って雛人形に命乞いをしている。 その甲斐あってか我が家は今のところ平穏無事に過ごしているが、あの命乞いが誰のためのものなのかについて、父は頑なに口を閉ざしている。

にんぎょ姫

今日に限ってキスをせがむ女房の上唇と下唇の間を、鮫の背びれが行ったり来たりしている。

旅びと

私がまだ小学生だったある日、夕暮れの海岸通りで、口の中いっぱいに切符を詰め込んだおじさんとすれ違ったことがあった。 怖くて動けない私をよそに、おじさんは妙に膨らんだお腹を大事そうに抱えながら、砂浜を横切ってそのまま海中へと歩いていき、そして…

また会う日まで

ワンツースリーで手品師が指を鳴らした。 次の瞬間、切断された私の下半身が跳ね起き、嬉々として劇場を飛び出していった。

センチメンタルジャーニー

洗面所の排水口に落としたコンタクトレンズを追いかけていった右の目玉が、めぐりめぐって、今は誰かのポケットの中から青空を眺めている。

太公望

部屋の中でうたた寝をしていたはずなのに、水の匂いで目が覚めた。 なぜか体が動かせなくて、それでも不思議と嫌な感じはなくて、ぼんやりとしていた視界が徐々に晴れていくと、夕暮れの窓に腰掛けた釣り人のシルエットから、私のヘソに向かって釣り糸がまっ…

工事が始まった。窓を開けると、近所の廃墟にゆっくりショベルカーが近づいていくところだった。 あの家は確か私のおばあちゃんが子どもの時にはすでに人がいなかったというから、かれこれ70年以上も廃墟だったことになる。 その昔、一家が殺されたらしいと…

シンデレラ

もうすぐ妻の両親がやってくるというのに、彼女の首をつなぐセロハンテープが足りなくなってしまった。

太陽王

時計は夜9時をとっくに回っているのに、空にはまだ夕日が輝いていた。 これじゃ子どもが眠れないじゃないですか。 お母さんが怒った顔でどこかに電話をかけると、空に巨大なマウスカーソルが現れ、真っ赤な太陽とともに地平線の向こうへと沈んでいった。

初恋は実らない

今朝、何気なく割った卵の殻の内側に、相合い傘の落書きを見つけた。 中身をフライパンに落としちゃった後だったから、もうどうしようもできないけど、朝からちょっとテンションが下がった。

ギミーシェルター

逃げまどう人々を鼻で吸い込む夢を見て、くしゃみとともに目覚めると、私とベッド以外何もなくなっていた。

夢で逢えたら

旅行鞄が欲しい、ピアノが欲しい、猫が欲しい、キャットタワーが欲しい。 彼女にそう言われるたびに僕は頭を切り開き、頭蓋骨の隙間に彼女がリクエストしたものを詰めていく。 ドレスやピアスはまだよかったけど、ピアノやキャットタワーになるとさすがにヘ…

ホーム

夕方、部屋でくつろいでいると、家のチャイムが鳴った。出てみると、マンションの隣の部屋に住んでいるおばさんだった。「何でしょう?」「すいません、ちょっと静かにしてもらえますか?」「あ、ごめんなさい……テレビ、うるさかったですか?」「いえ、テレ…

あなたに逢えて

厄介な女とやっと縁を切った。 翌朝、いつものように仕事へ出かけようと車で走り出した瞬間、助手席の方から異音が聞こえた。 車を降りて車体を確かめると、左の前輪にウェディングドレスが絡まっていた。

エッグ

明け方頃、壁に張り付いていた繭の内の一つが割れた。 中から現れた湿った小指は、ぽとりと小さな音を立てて床に落ちた。 右手の小指だ。 慎重に拾い上げてケースに納める。 これでやっと両方の掌が揃った。 しかしまだまだ先は長い。 分娩室いっぱいに張り…

レイン、レイン

いつまでもやまない雨にため息をつきつつふと窓の外を見ると、マシンガンを構えたカエルの群れが、向かいの家の軒下に吊されたてるてる坊主を蜂の巣にしていた。

その後

眠れなかったので羊を数えてみた。 半信半疑だったのだが思った以上に効果てき面で、よく眠れたのはよかったのだが、柵を飛び越えた後の羊たちをどこへ向かわせるのかということまでは考えが及ばなかった。 翌朝、目を覚ますと、家の周りが何だか騒がしいこ…

エジソン

午前0時、日付が変わると同時に我が家だけが停電した。 注文通りだ。 明日の朝、私が目覚める頃には、家族がみんな新品に交換されていることだろう。

労働と成果

田んぼの様子を見に行くと、案山子の足下で、雀が握り潰されて死んでいた。今年も豊作だ。

学び

庭にナメクジがいた。 本物のナメクジを見るのは初めてだった。 ふと、あの話は本当なのだろうかと思い、興味本位で塩をかけてみると、次の瞬間、火花が散って黒煙が上がり、やがてモーターの焼ける臭いとともにナメクジは動かなくなった。 予想外の最期だっ…

お悔やむ

何かしら理由をつけて化けて出てやろうと思っていたのに、結局さいごまで、みんな優しいままだった。 化けて出る以外で会える方法を見つけておくべきだった。

星に願いを

仕事でヘマをやらかし、彼氏には浮気され、挙げ句帰りの電車で痴漢に遭った。 へとへとに疲れた体でワンルームマンションのドアを開け、玄関にへたりこむ。 何だかとても悲しくなってきて、思い切り声を上げて泣こうとした。 しかし、涙が出てこない。 はっ…

ゴッドファーザー

小学生の時、同じクラスの××君が、遠足に死んだ金魚を持ってきた。 その日行く予定だった高台の公園の、一番眺めのいい場所に埋めてあげたいのだという。 冗談のつもりで「お弁当かと思った」と言ったら、びっくりするくらい怖い顔で「お前も殺すぞ」と言わ…

ほかほか

夕飯を食べた後くらいからどうも頭が熱っぽい。 おまけに靄がかかっているかのように視界が濁っている。 救急車を呼び、外へ出る支度をしている間、あまりにつらくて思わず頭をかきむしると、突然、額から上がぽろっと外れ、いい匂いのお湯とともに、裸の女…

主婦感覚(「崩れない」改訂)

私の右手に指が一本多い理由を母に尋ねたら、「ポイントが貯まってたから」という答えが返ってきた。

会ったとたんに一目ぼれ

別の家にします。 妻が力んだ瞬間に分娩室の床に落ちたメモには、たった一言そう書かれていた。