超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2025-10-01から1ヶ月間の記事一覧

炎上

女は家計簿を見てため息をついた。今月も毒グモ代が高い。今世間の女性の間では毒グモで姑を殺すことが流行している。SNSを開く度、毒グモが添えられた姑の死体の写真が出てきて、女は「自分もやってみたい」と思った。女はそれから毎日密かにペットショップ…

ささやかなダイアログ

夕方、ボロアパートの一室に、少年と病気の母親がいる。病気の母親は布団の中で苦しそうな顔で眠っている。少年は音声を消したテレビを観ている。コンコン。玄関のドアがノックされる。少年はドアの傍に行き尋ねる。「誰ですか」ドアの外から男の人の声がす…

突然

母と離婚してから飼いネコを溺愛していた父が、突然、「ネズミになりたい」と言い出した。私はとりあえず、ネズミ教習所のパンフレットをいくつか取り寄せて、父に手渡した。父はその中から『実績ナンバーワン』という謳い文句の教習所を選び、通い始めた。…

需要と供給

冬の夜、老婆が台所で、夫を毒殺するために毒薬を調合している。夫は寝室でぐうぐう眠っている。老婆は、祖母から教えられた知恵と、図書館で得た知識と、ネットで得た情報をもとに毒薬を調合する。そして完成する。早速それを夫に飲ませようとした時、家の…

ロンリーサマー

真夏の午後の心療内科の待合スペースは、人がたくさんいて、熱気と湿気に満ちていた。弱々しく働く古いエアコンは、ほとんど役に立たなかった。皆いらいらしていた。ふいに虫の羽音が聞こえてきた。人々が音の方を見ると、一匹のハチが、待合スペースの天井…

ハードボイルド

家に虫が出るので、ホームセンターの殺虫剤売り場に行った。床に粘着シートを仕掛けるタイプの物や、スプレーで薬剤を噴射する物に混じって、小さな首吊り縄のセットが売られていた。『虫自身が死を選んで使用するため、虫に怨まれません!』パッケージには…

寓話

クリーニング店の店先にのぼりが立っていた。『血液のシミ処理本日半額』のぼりにはそう書かれていた。それを見た人々が包丁や鉄パイプを用意して、それぞれの上司や家族を襲った。夕方頃には、返り血を浴びた衣服を持った人々がクリーニング店の前に行列を…

応募券

朝の通勤電車に乗っていた。吊り革に掴まって、ぼんやりしていた。ふいに、隣に立っていたおっさんの横顔が目に入った。おっさんの左耳の耳たぶに、何か文字が書かれていた。『応募券』そう書かれていた。このおっさんの耳たぶは、何かの応募券らしい。俺は…

指風呂

銭湯に行った。初めて訪れる銭湯だった。脱衣所で服を脱ぎ、ロッカーに入れ、風呂場に入った。俺以外誰もいなかった。色々な風呂があった。電気とか、泡とか。その中に、『指風呂』というのがあった。湯舟を覗くと、無数の人間の指が底に沈んでいた。どうい…

傷を癒して

テレビをつけた。ハンドクリームのCMが流れていた。子どもをビンタした母親が、その罪悪感から、カッターナイフで自分の手を傷つけて、その傷をハンドクリームが癒す、という内容だった。私と同じだ。私はそのハンドクリームを買うことにした。ドラッグスト…

猟犬

穏やかな午後の図書館に、精悍な顔つきの、数匹の犬が入ってくる。司書たちは、「こんにちは」と声をかける。犬たちは尾を振ってそれに答える。犬たちは詩集が並べられている書架の前に行く。そして脚立を器用に使って、それぞれが数冊の詩集を口にくわえ、…

釣り人

気だるい夏の夕方、窓の近くに置かれたベッドで、妻が寝ていた。シャツがめくれてへそが見えている。だらしない寝姿だ。タオルケットでもかけてやろうとした時、ふと、窓辺に目が行った。何かがいる。それは、釣り人の姿をした、小さな人間だった。窓辺に腰…

シック

数本の首吊り縄を手に持った中年のセールスマンが、一本の街路樹の前に立つ。彼の傍らで脚立を抱えていた若いセールスマンが、それを地面に設置する。首吊り縄を持った中年のセールスマンが街路樹に話しかける。「こちらなんていかがでしょう」街路樹が葉擦…

火葬場で遺体が焼かれる。煙突から煙が出てくる。しばらくすると、空から、雲を割って、巨大な顔が現れる。濁った目をした男の顔である。男は長い首を伸ばし、口を開ける。歯がすべて汚い。男の口は火葬場の煙突の先端をくわえる。男は煙突から出てくる煙を…

冬の夜。こたつで母娘がテレビを観ている。「あっ」蜜柑を取ろうとした娘が母親を見て声を上げる。「お母さん」「なあに?」「耳から煙出てるよ」母親は手鏡を手に取り、それを見る。確かに右の耳の穴から一筋の煙が出ている。「何の煙かしら」「何の煙だろ…

あなたを好きな自分が

ある日、昔の恋人から、封筒が届いた。封筒は下部が少し膨らんでいた。封筒を開けると一枚の便せんが入っていた。『結婚します。』それだけ書かれていた。「結婚するのかあ」そう思った。ではこの下部の膨らみは何だろう。封筒を逆さにすると、棒状の何かが…

しょっぱいメロン

商店街の隅にあるさびれた青果店の店主が、客のいない午後、メロンの前で泣いている。そのメロンの話によると、メロンの前世は遠い国のお姫様で、お忍びで城下町に行った際に偶然食べたメロンパンの味が忘れられず、こんなに素晴らしい食べ物があるなんて、…

予感

その日は休日だった。朝から予感がしていた。良いことが起こりそうな予感だ。誰かと、素敵な出会いがある気がする。俺はおしゃれをして、昼下がりの街へ出かけた。人がたくさん歩いていた。俺はとりあえず本屋にでも行こうと思った。大きな交差点に着いた。…

夏の終わり

そろそろ、今年の夏も終わる。空を見上げると、入道雲がそびえ立っている。あの入道雲ともお別れなんだな。この夏、ずっと空にそびえ立っていたあの入道雲。目を閉じて、耳を澄ますと、遠くから戦車のキャタピラーの音と、戦闘機の飛ぶ音が近づいてきた。窓…

裂け目

深夜のコンビニで漫画を立ち読みしていたら、おじさんが息を切らせて店に入ってきた。「すいません!」おじさんは叫んだ。首の後ろに、縦に裂け目があった。「すいません!」おじさんが叫ぶたび、裂け目は広がっていく。服を着ているのでわからないが、たぶ…

ゲームセンターの隅にある、精神安定剤が景品のクレーンゲームの前に、スーツを着た初老の男が立っている。男はしばらく筐体の中を覗いていたが、おもむろにコインを入れ、レバーを動かし始める。クレーンは精神安定剤の瓶を掴むが、持ち上げようとすると、…

永遠

孤独な魚屋の店主が、暇な魚屋の店先で、目を閉じて、耳を澄ましている。店主は、店内にぶら下げられたハエ取り紙に、くっついて、もがいているハエたちが羽音で喋る、言葉を聞いているのだ。この店主は、大学時代に、ハエ語を学んでいた。ここは暇な魚屋だ…

監視

うちの会社の事務所には、社員全員を見渡せる位置に、先代の社長のミイラが置かれていた。ある日、営業の男性社員が、「あのミイラに監視されている気がする」と言い出した。今の社長を始め、他の社員が「ただの乾いた死体なのだから、考え過ぎだ」と言った…

今日のおじさん

コンサートホールの舞台に、オーケストラの面々と指揮者が現れる。客席は満席だ。拍手が鳴り響く。指揮者は客席に深々と頭を下げた後、オーケストラの方を向き、タクトを構える。心地よい緊張が走る。そして演奏が始まる。第四楽章まである交響曲だ。演奏は…

はしゃぐ少女たち

俺の腕に繋がった点滴の袋が揺れている。袋の中の液体には、二人の少女が、浮き輪で浮かんでいる。少女たちは液体をかけ合ったり、素潜りをしたりして、遊んでいる。そうやって少女たちがはしゃぐたびに、点滴袋が揺れる。針が外れそうになるが、俺の治療の…

お袋の性格

お袋が飯の時間だと言うので、自室から出て廊下を歩いていたら、墓石とすれ違った。知らない家の名前が刻まれた墓石だった。墓石はゴトゴトと音を立てながら廊下を歩いていた。廊下が傷つくだろう。墓石はそのまま風呂場に入っていった。台所で飯を食ってい…

大商人

その大商人は地球を買った。地球の神は、金を受け取ると、大商人に『チキュウ』と印字されたレシートを手渡した。大商人は慇懃にそれを受け取ったが、神が去ったのを見届けると、そのレシートを丸めて宇宙に捨てた。そして、この丸められたレシートが、やが…

栄養

商店街の隅にあるさびれた洋服店の、ショーウィンドウの向こうに、マネキン人形が一体、立っていた。俺は仕事の行き帰りでその店の前を通りかかるたびに、そのマネキン人形に目が行ってしまった。妙に、生々しいというか、生きている人間のように見えるのだ…

オジイサン

そのオジイサンは、ぼくらがよくあそびにいっていたジドウコウエンで、ワタアメのやたいをだしていた。オジイサンのワタアメはとくべつなアジがした。ほかのワタアメとはちがったアジがした。だからぼくらは、そのオジイサンのワタアメがダイスキだった。あ…

小さな花

春が来た。暖かくなってきた。小さな会社の課長の禿げ頭にも、花が咲いた。可憐な、小さな花だった。ある日の昼休み、課長は、ビルの屋上で、空を眺めていた。暖かい風が吹いていた。禿げ頭の花が揺れていた。「課長」ふいに背後から声が聞こえた。課長が振…