トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ラの音を聴くたび、あの日白鍵に這っていた蟻を潰して殺したことを思い出す。

美術館

月に建てられた最初の美術館から、父が描いた絵が運び出され、次々と焼かれていく。

特技

新しいお父さんの特技は前のお父さんのモノマネです。

メールアドレス

一か月ごとに、母の余命に合わせて、父のメールアドレスが微妙に変わる。

電車で

母を殺しに行くために乗った電車で妊婦に席を譲る。

真夜中

真夜中、「月が見えません」とナースコール。

双子

双子らしい二人の女が役所にやってきて、片方の女が離婚届、もう片方の女が婚姻届を持って帰っていった。

遠距離恋愛

遠距離恋愛なの私たち。病棟がこんなに離れてるんだもの。

遺髪

私が勤める美容院に、髪の束を持ってきたおじさんが、「これ、娘の遺髪なんですけど」「はぁ」「これを金髪にしてください」

金持ちの親戚の家から泣きながら帰ってきた孫娘の手の中に握られた、雛人形の首。

古本

バイト先の古本屋に、どう見てもホームレスのおじさんがやってきて、人間関係がうまくいくための本を買って帰っていった。

今日

あ、今日妹の命日だから、家帰ったらケーキあるかも。

わかんねー

「死ぬかなー?」「わかんねー!」と叫びながら、救急車を自転車で追いかける小学生たち。

オカエリ

「オカエリ、オカエリ」「オツカレサマ、オツカレサマ」と連呼するインコの前で、離婚届に判を捺す。

自宅で死にたいと言って病院から家に帰ってきた夫が、布団の中から手を伸ばし、私の靴下の穴に指を突っ込んで、穴を拡げてニヤニヤ笑っている。

検索履歴

駆除してもらった蜂の巣の中、女王蜂の部屋のパソコンの検索履歴に「蜂 ヒト 恋愛 映画」の文字。

ひざ枕

夕焼けに染まる教室で、ぼくにひざ枕されている担任の先生が、「お兄ちゃん死なせてごめんね」とつぶやく。

ものの

恋人を食べたライオンの糞を一塊持ち帰ってはきたものの。

高架下のコンクリートの壁にスプレーで書かれた、「おっぱいが出ない」という落書き。

占い

朝のテレビの血の色占いで金色が一位だった。姉の部屋に行く。「金色、一位だって」「……」足元に転がる、金色に染まった剃刀。

コンビニ

コンビニでバイトをしている。こないだ深夜二時に、子ども用の心臓を買いに来た人がいた。何があったのだろう。

「春になったらこの木で」と決めていた桜の木に、春、首を吊りに行くと、その木の下で花見をしているおじさんたちがいたので、彼らにおっぱいを見せて帰ってきた。

知る

センサーで開く便器の蓋がいつまで経っても開かないのを見て、初めて自分が死んだことを知る。

アゲハチョウ

いつも我が家の庭の花の蜜を吸いに来る、背中にアゲハチョウの羽を付けたおじさんが、今日、花壇の傍に、心療内科の診察券を落としていった。

電車内に入ってきた蝶を逃がすために窓を開けようとしているが力が足りなくて開けられないでいる老婆と、全員寝たふりをしている他の乗客。

私の下駄箱に、指が一本。私が「綺麗だね」と言った、あの子の指だ。タンポポの茎で指輪を作って指にはめ、あの子の下駄箱に返す。

泣きまね

明日は祖父の命日。だから明日は家族全員泣きまねをして過ごさなければならない。冷蔵庫には、それぞれの名前が書かれた目薬が冷えている。

心音

真夜中の病室。眠る患者の心音を聴診器で聴きながら、医者がちびちびと酒を呑んでいる。

いいところ

二十数年前、ぼくが自分で書いた「ぼくのいいところリスト」からまた一つ、ぼくのいいところを、泣きながら二重線で消す。

あの日、父が身重の母の腹を蹴った時、父の靴下に穴が開いているのを見つけたのが、すごく印象に残っている。