トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

駅の話

「駅(1)」 電車ごっこをしていた子どもたちが、墓地の前で何かを降ろした。 「駅(2)」 地元の駅は駅員一人で切り盛りしている駅だから、電光掲示板に時折「母が死にました」とか表示されるので面白い。 「駅(3)」 いつも「火星」の駅で降りていくあの子の七…

くちびる

放課後、学校の廊下の角を曲がると、上履きのかかとを踏んで歩く足が見えたので、「上履きのかかとは踏むな」と注意しながらよく見ると、そいつは足首しかなかった。足首はこちらを振り返り、不満そうにつま先でトントン、と床を蹴った後、階段を下りてどこ…

おやつ

「戸棚におやつが入っています」という書き置きにあった戸棚を開けると、そこには蝶の標本がぽつんと置かれていて、「私は本当はこの家の子じゃないのかもしれない」という思いがますます強くなっていく。

母の遺品の、ボロボロの母子手帳の一番はじめのページに貼られていた古いレシートを見て、私の名前は両親がつけてくれたものではないのだと知る。

銀行でATMを操作していたら、隣のATMから声が聞こえてきた。「ごめんなさい。もう来ないでください」そっと隣を覗くと、両手に札束を抱えた血まみれのロボットが、突っ立ったままうなだれていた。

紙風船

予報どおり、その日は空から紙風船が降ってきた。毎年のことだが、色とりどりで美しい。空を見上げると、雲の端に、赤い着物やおかっぱ頭がちらちら覗く。私たちの住む村だけの現象らしい。村長は、代々村できちんと供養を続けているゆえのたまものだと胸を…

きっとしあわせ

ある朝目覚めると、左足の小指と、目覚まし時計の短針が、かけおちしていなくなっていた。テーブルの上に残された書き置きには、「きっとしあわせになります」と、たどたどしい文字で。少しさびしくなった左足に、いつもより厚い靴下をはいて、目覚まし時計…

夕方、近所を散歩していると、郵便ポストの傍らに、おでこに切手を貼ったおじさんが一人、突っ立っていた。背広の背中に、「海」と書いてある。宛先だろう。コンビニで何となくビールを買って、もう一度ポストの前を通りかかると、おじさんはもういなくなっ…

ふと気がつくと、いつの間にか、たましいが腐りはじめてしまっていて、胸の辺りから漂ってくる腐臭や、常に周りを飛び回っている蝿の群に悩まされている。むかしはあんなにぴかぴかだったたましい。いつから腐りはじめてしまったのだろう。あの時か、あの時…

さよなら

誰もいなくなった駅の床を掃除していると、かわいた、あるいは湿った、大きな、あるいは小さな、色も、形も様々な「さよなら」が散らばっていることに気づく。たいていの「さよなら」は他のゴミと混ぜられ、そのまま捨てられる運命だが、ときどきやけに目に…

ハンドクリーム

母が大切にしている頭蓋骨は、ハンドクリームの匂いがします。これ誰の、と尋ねても、母は微笑むだけで何も答えてくれません。母の膝の上で陽の光を浴びる頭蓋骨を見ていると、むしょうに砕き壊してしまいたい気持ちに襲われます。母が大切にしている頭蓋骨…

風船

苔むした赤い風船が、虫に食われてぼろぼろになった紐を揺らしながら、今日もあの子を探して、裏路地をふよふよと漂っている。かつて自分の紐を握りしめて、この裏路地を駆けていたあの子のことが忘れられないのだ。いじめっ子にいじわるされて離ればなれに…

つまようじ

望遠鏡をのぞきこみ、理科の先生といっしょに、星を観ていたぼく。ふと見つける。星から何か生えてる。あれ何だ。ああ、あれ、つまようじだ。星に刺さっているんだ、つまようじが。探せば他にもそんな星がいくつかあるみたい。首をかしげるぼくに、理科の先…

薔薇

庭で薔薇の花の世話をしていた。ふいに、トゲが指に刺さった。血が出てきた。蝶が集まってきて、私の血を吸い始めた。ごくごくと喉を鳴らして血を吸う蝶を見ていたら、私が人付き合いが苦手な理由がわかった気がした。

あいつ

いままでたのしかったぜ、もうあえなくなるけど、しっかりやれよ。たぶんそんないみのことをわふわふといって、あいつはまえあしでぼくのかたをそっとだいた。ぼくはあいつがなんでそんなことをいうのかわからなかったけど、あいつはぽろぽろなみだをながし…

ネクタイ

朝、仕事へ行く途中、ゴミ捨て場に、一羽のカラスがいるのを見かけた。生ゴミを漁っていた。追い払うべきだったのかもしれないが、追い払えなかった。そのカラスは首にネクタイをしめていたのだ。よれよれのネクタイだった。あちこちに埃がくっついていた。…

ギター

我が家のブロック塀に、カタツムリの殻だけが残されていた。中を覗くと、空っぽの空間にぽつんとギターが置かれていた。ああ、あのカタツムリ、引っ越す時にギターやめちゃったのか。雨の日にかすかに聞こえてきたあの歌、好きだったんだけどな。

じゃんけん

水族館の清掃員の仕事に就いてから、ヒトデとじゃんけんをするのが、毎日の日課です。館の隅の水槽にひっそりと生きているやつです。ほとんどがあいこですが、たまに勝つ日もあります。そういう日は、帰りにビールと刺身を買って晩酌することにしています。…

モーツァルト

「終わりなんですね」「もう終わりなんですね」トラックはそうつぶやいた。ある日のスクラップ工場、プレスされつつあるオンボロトラック、いつもなら「右に曲がります」だの「バックします」だの言っているあの声で、「もう終わりなんですね」トラックは確…

案山子

一番お気に入りの案山子、一所懸命作った案山子、だけど壊して捨てなきゃなんない。見てしまったんだ、案山子が、肩にとまった雀にウィンクしてるところ。どうりで雀の数がちっとも減らねえわけだ、お父さんはカンカンだ、やさしいんだろうけどねえ、お母さ…

はらわた

理科室にある鹿の剥製の、目玉がわりのビー玉が、キラキラ光っている。キラキラ光っているのは、ビー玉が濡れているせい。鹿の剥製が、泣いているのだ。剥製が泣くのは、決まって夕日の綺麗な放課後。窓の外に、校庭を走る運動部員がいる時。いっしょに走り…

セーター

夢の中で、落ち葉を踏む音が近づいてきたら、友だちが来てくれている証拠です。ある秋に死んだ友だちが来てくれている証拠です。天国の土産話をたくさん持って。私たちは落ち葉のじゅうたんの上に寝転がって語り合います。夢の外でたくさん疲れた私に、友だ…

切符

死んだ妻の写真を眺めていたら、写真の裏が切符になっていることに気づいた。行き先は知らない駅だった。近所の駅に行き、写真を見せると、赤ら顔の駅員が「すぐに参ります」とホームまで案内してくれた。ベンチに腰掛けていると、見たことのない、空色の電…

エッグ

頭上に天使の輪を浮かべたニワトリが、朝食を用意している母の肩にとまり、フライパンの中をじっと眺めていた。その日の朝食は、スクランブルエッグだった。ニワトリのことを考えていたら、少し残してしまった。目玉焼きか、ゆで卵だったら、全部食べられた…

あたり

焼き魚の骨に「あたり」の文字をみつけたので、新しい魚ととりかえてもらうため海へいった。「あたり」の骨を海へ投げると、すぐに大きな魚が波に運ばれて足元へ。さっそく持ち帰り、網の上で焼いているとき、その魚が、卵をたくさん抱えていることに気がつ…

シャツの内側に猫の毛を残して、あの人はある日とつぜんいなくなってしまった。ああ、遠くから、魚を焼く匂いが漂ってくる。

ガラスの花

久しぶりに帰省した実家で、自分の部屋の押し入れの奥から、昔使っていた玩具箱が出てきた。何十年ぶりだろう。なつかしさににやけながら蓋を開けると、箱一杯にガラスの花が咲いていた。花びらにリボンみたいな模様が入っている。どうやら、箱の底に溜まっ…

きらきら

あたまのなかが、あのひとのかおでいっぱいだったので、ぬいばりをもったままふとんへはいり、ゆめのなかでひとつひとつわっていくことにした。ゆめのなかはあんのじょうあのひとのかおでいっぱいで、わらったかお……ないたかお……おこったかお……こまったかお……

七つの子

夕暮れの公園、ベンチに座る品のいい紳士と、傍らに置かれた黒い大きな鞄。遠くからは子どもらの遊ぶ声が聞こえる。そしてそれを見守る女たち。女たちは子どもらを眺めながら、時折、危ないわよ、とか、仲良く遊びなさい、と声をかけつつニコニコ笑っている…

寝返り

満月の夜、彼女の耳は、魚のえらになる。ぼくは彼女を風呂場へ連れていき、浴槽の中のぬるい水に沈める。少し苦しそうだった彼女の寝顔が、すうっと笑顔に変わる。ぼくにはその瞬間が、うれしくて寂しい。満月の夜、彼女は水の中でほんとうの彼女に戻る。ぼ…