超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2019-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ハンドクリーム

母が大切にしている頭蓋骨は、ハンドクリームの匂いがします。これ誰の、と尋ねても、母は微笑むだけで何も答えてくれません。母の膝の上で陽の光を浴びる頭蓋骨を見ていると、むしょうに砕き壊してしまいたい気持ちに襲われます。母が大切にしている頭蓋骨…

拍手

庭を掃除していたら、アリの巣の中からパチパチパチ、と慎ましやかな拍手が聞こえてきた。子どもでも生まれたのか。それとも新人が入ってきたのか。ともかく何かめでたいことがあったようだ。派手に騒がないところがいいじゃないの。一体何があったのだろう…

よろこぶ

となりのおじさんが犬をさんぽさせていた。よく晴れた夕方のことだった。アスファルトにのびるおじさんの影は、犬のかたちをしていた。犬の影はおじさんのかたちをしていた。交換したんですか、と尋ねると、たまにはね、とおじさんはぶっきらぼうに答えたが…

キノコ

竹やぶに不法投棄された粗大ゴミの中に地球儀があった。古い古い地球儀だった。長い年月の間、雨と風とにさらされて、ふやけて、ほどけて、うじゃじゃけて、やがてある時錆びた台座を残して、地面に溶けていってしまった。地球儀が溶けた土からは、不思議な…

さっきから、厨房から紙を裂く音が聞こえてくる。この客の中に、ヤギがいるらしい。きっと代金は硬貨で支払うんだろうな。

上級生

漢字練習用のノートに、今日の授業で習った漢字を書き取っていたら、ノートが小さくげっぷをした。画数の多い漢字ばかりだったからだと思う。上級生になったことを実感した。

鋳型

注文しておいた「母」の鋳型がやっと届いた。これで「家族」がすべて揃うことになる。よーし、思う存分団らんするぞー!

羽根

近所に、のれんに「羽根」と書かれた店がある。毎日おおぜいの虫や鳥が訪れているところを見ると、本当に「羽根」の店なんだろう。ある日その店に、疲れた様子の中年サラリーマンが入っていくのを見た。どうなるんだろうと遠巻きに眺めていると、サラリーマ…

だっこ

「だっこしてあげて」と手渡された、やけに軽い赤ん坊から、つんとガムテープのにおいが漂ってくる。

水たまり

この水たまり、人間の口みたいな形してるなぁ、と思いながら足を突っ込んだら、そこから二度と足が抜けなくなった。日々じわじわと目線が下がっていく。お気に入りの靴は、もうすっかり溶けてしまっただろうな。そういうわけですので、私に構わず先に行って…

近影

長い間読まずにいた本の表紙を何気なくめくると、著者近影の写真が骸骨に変わっていた。しまった。

リモコン

新しいテレビを買ったのだが、付属していたリモコンの電源ボタンを押すたびに、飼い犬がくしゅんとくしゃみをする。気になって説明書をよく読むと、リモコンのページに「ペット 注意」という注意書きが添えられていた。「リモコンに反応して体調不良を起こす…

竹とんぼ

線香花火の光を囲むつま先の中に、私たちのものでない下駄履きの子どものつま先が混じっていた。不思議と違和感も恐怖も覚えなかったので、放っておいたら、子どものつま先は、線香花火の玉が落ちるのと同時にふっと消えてしまった。その晩、夢に知らない男…

毛虫

毛虫のようだ、毛虫のようだ、と言われ続けた眉毛がいつの間にかサナギになっており、ある晩その背中が割れて蝶が現れ、どこかへ飛び立ってしまう。しばらくすると玄関先に眉毛みたいな毛虫がいて、ぼくに軽く会釈をした後体を這いのぼってきて、目の上にお…

オーブン

雲を焼き上げるオーブンが故障したとかで、先週から空には巨大なティッシュペーパーが浮かんでいる。しばらくの間の代用品ということらしい。空を見上げるたびにむしょうに鼻をかみたくなるのは、条件反射というやつなのだろうか。むずむずするから、オーブ…

下描き

病室の窓から外の景色を眺めていると、窓辺に一羽の白い小鳥がやってきた。私をつぶらな瞳でじっと見つめるので、何気なく指を差し出すと、そこにぴょんと飛び乗ってきた。ずいぶん人なつこい小鳥だ。とてもかわいい。しかし指に乗せた小鳥をよく観察してい…

金庫

何を入れたか忘れてしまった小さな金庫。鍵をしまった場所もダイヤル番号も忘れてしまった小さな金庫。仕方なく押入の奥へ押し込んだ後、いつの間にかなくなっていた小さな金庫。そんな金庫を最後に見た時から、もう二十年以上経つ。時折こうしてその存在を…

電車が墓地の横を通るたびに、腕の中の赤ん坊が重くなっていき、目的の駅に着いた時には、赤ん坊は石の人形に変わっていた。こうなってはもう世話をすることもできまい。そう思った途端、乳房がぺたんと萎んでしまった。もうだめだ。赤ん坊を駅員に届けて、…

問題

ある日鏡を見ると、何だか右の鼻の穴が明るい。指で広げて覗きこんでみたら、鼻の奥に非常口の看板がぶら下がっていた。……入ってくるのか、出ていくのか。それが問題だ。

風船

苔むした赤い風船が、虫に食われてぼろぼろになった紐を揺らしながら、今日もあの子を探して、裏路地をふよふよと漂っている。かつて自分の紐を握りしめて、この裏路地を駆けていたあの子のことが忘れられないのだ。いじめっ子にいじわるされて離ればなれに…

つまようじ

望遠鏡をのぞきこみ、理科の先生といっしょに、星を観ていたぼく。ふと見つける。星から何か生えてる。あれ何だ。ああ、あれ、つまようじだ。星に刺さっているんだ、つまようじが。探せば他にもそんな星がいくつかあるみたい。首をかしげるぼくに、理科の先…

顕微鏡を覗く。青い溶液のところどころに緑色の塊が見える。倍率を上げる。緑色の塊のあちこちに、粗末な家や酒場みたいな建物が見える。倍率を上げる。家の屋根にのぼって、こちらを見つめながら、スケッチブックの上にクレヨンか何かを動かしている少女が…

菜箸

「そろそろ出来たかしら」(と言いながら、菜箸を持った老婆、墓地の中へ消えていく。)

薔薇

庭で薔薇の花の世話をしていた。ふいに、トゲが指に刺さった。血が出てきた。蝶が集まってきて、私の血を吸い始めた。ごくごくと喉を鳴らして血を吸う蝶を見ていたら、私が人付き合いが苦手な理由がわかった気がした。

胡椒

微妙に遅れてきた電車には、ドレッシングと胡椒がたっぷりかかっていた。電車がなくなってしまう前に、会社に着けるといいが。

通信

【保護者様へ】図工の時間に××君に耳を切り取られました。なるべく早く返却いただけると助かります。

あいつ

いままでたのしかったぜ、もうあえなくなるけど、しっかりやれよ。たぶんそんないみのことをわふわふといって、あいつはまえあしでぼくのかたをそっとだいた。ぼくはあいつがなんでそんなことをいうのかわからなかったけど、あいつはぽろぽろなみだをながし…

ネクタイ

朝、仕事へ行く途中、ゴミ捨て場に、一羽のカラスがいるのを見かけた。生ゴミを漁っていた。追い払うべきだったのかもしれないが、追い払えなかった。そのカラスは首にネクタイをしめていたのだ。よれよれのネクタイだった。あちこちに埃がくっついていた。…

波紋

公園を散歩していたら、痛い、痛い、という幼い声が前から聞こえてきた。ふと顔を上げると、ランドセルを背負った少年が一人、前から歩いてくる。痛い、痛い、というのは彼が言っているようだ。一体何が痛いのだろう。よく見ると少年は小石を蹴りながら歩い…

形見

ぼくを女手一つで育ててくれた母は、酒に酔うと必ず、「あなた……」とつぶやきながら家を出て、近所にある歩行者用信号機の赤信号の紳士を見ながらよよよと泣く癖がある。母に、ぼくに父親がいない理由を訊いてもいつもはぐらかされてしまう。が、父親の形見…