超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2014-12-01から1ヶ月間の記事一覧

掌編集・十

(一) 私が住んでいるアパートには、今死にかけの生き物が一人と一頭と居て、片方は私の部屋にいる私の娘、もう片方は隣の部屋にいる老いた象で。どちらももう長くないのだけれど、娘を看取るためにこの部屋にいるのは私だけで、片や象の周りには飼育係や新…

遠雷

(夏の坂道を、制服姿の少年が自転車で駆けている。少年の額には汗が滲んでいる) (汗はやがて筋となり、少年の頬を伝って、地面に落ちる) (地面に残された汗のしみは、少年の肌と同じ色をしている) * (住宅街の一角。小さな庭のある民家) (縁側。小…

しゅわしゅわ

海辺の小さなアパートに、女が住んでいた。 女は毎日、朝から晩まで、砂浜に腰かけて海を眺めていた。 女の肌には色がなかったから、夕暮れには女は夕暮れの色に、夜には女は夜の色に染まった。 ある日通りすがりの少年が、潮風の中に甘い香りを嗅いだ。それ…

月と海猫

丘の上の公園にある休憩所の屋根の上で、猫が月に向かってにゃあにゃあ鳴いている。何をしていると尋ねると猫は、 「月に歌を覚えさせているんです」 と私の声で答えた。 慌てて声を出そうと腹に力を入れると、金属製の薄いヘラで喉の内側を撫でられているよ…