超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2022-10-01から1ヶ月間の記事一覧

眠れない夜

眠れない夜は、妹の葬式のことを思い出すと、ほっとして眠れる。妹はまだ生きている。

泥棒

雪だるま泥棒の正体は近所の一人暮らしのおじさんだった。

舌打ち

今朝も満員電車でギュウギュウになりながら、ガラガラに空いている隣の「やさしい人専用車両」を横目に見て、小さく舌打ちする。

おじさんとお地蔵様

あのおじさんが逮捕されてから、お地蔵様はずっと汚れたままだ。

輝く星

夜空にひときわ大きく輝く星を見つけ、その美しさに思わず涙ぐんでいたら、そこを通りかかった婆さんに、「ありゃ月の糞だぞ」と言われる。

夜。寝ようとしたら、部屋の戸が開く。廊下の電気の光の中に、父のシルエット。「お前は死なないんだっけ」「うん」「わかった」戸が閉まる。

街路樹

散歩中ふいによろめいて手をついた街路樹の幹に、点字で「おかあさん」と打たれていることに気づく。

取りに来た

女装したおじさんが市役所に離婚届を取りに来た。

遊び

首を吊りに公園に行く途中で女性のパンティーを拾ったので、死ぬのはいったんやめて、今は公園の木にぶら下げた首吊り縄の輪っかに、パンティーを投げてくぐらせる遊びをしている。

お守り

だめだわ、おばあちゃん、このお守り、俺、持ってると手が痺れてくる。

暗い空

便所の窓の向こうに広がる暗い空を見ないようにしながら、粉々に砕いた太陽を、少しずつ便器に入れて流していく。

腹減る

次に腹減るのいつだ?時刻表を確かめよう。

変な形の雲だな、と思いながら眺めているうちに、あれは誰かが端っこをつねったんじゃないか、という気がしてくる。

「お姉ちゃん、やっぱり、おっぱい、貸して」「……私の部屋の、桐の箱」

入道雲が救急車で運ばれていく。こんな夏の終わり方は嫌だよ。

胸に抱いた飼い犬に、「お前の妹だよぉ」と話しかけながら、道路の黒いシミを見せているおばさん。

鳴ってる

「スマホ、鳴ってるよ」「え?ああ……」(と、スマホを見る彼。)「出ないの?」「うん……この近くを、霊柩車が通っただけ」(と、スマホを置く彼。)

いつもの

明日、ぼくを手術する先生が、いつもの指切りげんまんを、してくれなかった。

死んだはずの父が玄関に立っていた。「名簿に、俺の名前、無いんだって……」

今日も学校から家に帰ると、玄関のドアを開けた瞬間、鼻をつく生臭い臭いと、母の怒鳴り声。「人魚、人魚、人魚、人魚、人魚、人魚……!」そして、父の小さく笑う声。

尋ね人

尋ね人の貼り紙の写真の女性がすごく綺麗だったので、一枚剥がして部屋に飾って、毎日キスしている。見つかるといいね。

苦いお薬

先生、私も、おっぱい見せるから、苦いお薬、出さないで。

盗られないように、頭蓋骨に、名前を書く手術。

ロケット

このロケットは、神様のつむじを見るためだけに開発されたロケットです。帰っては来られないでしょうねぇ。

私はお姉さんの作る雲、好きだよ。ちっちゃくて、可愛いもん。私みたいな人もいるから、落ち込まないで。病室の窓から、いつもお空を楽しみに見ているよ。

お人形

そうね、このお人形も、あなたと一緒に、手術しないとね。

世界

世界はすっかり小さくなった。前はポンプ車で放出していた夕闇も、今はバケツ一杯で事足りる。

ゴミ

朝、ゴミ捨て場で、首吊り縄を持ったおっさんと鉢合わせた。「生きるんで……」おっさんは、首吊り縄をゴミ捨て場に置くと、照れくさそうな顔で立ち去った。

この世にはかつて「虹」と呼ばれる美しいものがあったそうだが、ずいぶん昔、神様が質に入れてしまったそうだ。

これかも

「お父さんはいつ死んだの?」×月×日です。「じゃぁ、これかもしれないねぇ」先生はそう言って、一つの蝶の標本を箱から取り出した。