超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧

冗談のつもり

義母の葬儀の前日、葬儀社が、弔意測定器を貸してくれた。明日の参列者の中に何人か怪しい人がいる、と相談したら、それでは、と貸してくれたのだ。動作テストを兼ねて、自分の弔意を測定してみた。ピロピロ。間抜けな音だ。数値を見る。まぁ、義母だから、…

小さな指屋

嫁いだ先の町の片隅に、小さな指屋があった。ある日の夕暮れ時、買い物帰りに、何気なくその指屋に立ち寄った。指屋の店内は薄暗く、かすかに香水の匂いが漂っていた。店員はいなかった。一番目立つ場所にある棚に、指を切り落とす器具が並べられていて、横…

ペンを借りる

そのホームレスの婆さんは、俺が勤務する交番に、時々油性ペンを借りに来る。婆さんはいつもスーパーのビニール袋を持っていて、その中には、婆さんが遠い昔に卒業した小学校の卒業アルバムが入っている。婆さんは、油性ペンを貸すと、卒業生たちの顔写真が…

ああ、どうも

引っ越しの荷ほどきを終え、アパートの隣人に挨拶に行った。ドアをノックすると、間もなくドアが開いた。中から、頭部が毛糸玉、体が人間の隣人が出てきた。よれよれのスウェットを着ていた。初めまして、隣に引っ越してきた者です。俺は言った。隣人は、あ…

あの日の海

恋人と喧嘩してしまった。また喧嘩してしまった。最近、喧嘩ばかりだ。もう私たちは、お互いを、知りすぎてしまったのかもしれない。こうなったら、仕方がない。私は抽斗の奥から、一枚のメモを取り出した。それは、私たちが恋人同士になったばかりの時、恋…

宝石のマーク

夕方のニュース番組を観ていた。天気予報のコーナーが始まった。明日の天気図の、私たちの街に、宝石のマークが出ていた。明日は、私たちの街に、神様が宝石を降らせるらしい。神様に憐れまれているのだ。確かに、この数か月、この街にはろくなことがなかっ…

死ぬまでずっと

パン屋の主人がある日道端で、宇宙人を拾った。弱っていたので、連れて帰り、とりあえず食料を与えることにした。パン屋の厨房で何かないか探していると、宇宙人が、ピィッ、と鳴いた。見ると、宇宙人がメロンパンを指さしている。食べたいのか、と差し出す…

母と黒い粒

もう来ないでって言ったでしょ。夕方の台所から、母の声がした。そっと台所を覗くと、母がテーブルの前に座っていて、その母の目の前に、何か黒い粒があるのが見えた。よく見るとその黒い粒は、一匹の蟻だった。何なのよ、もう。母はうつむいてすすり泣きを…

ふれあいの時間

その幼稚園にある独房には死刑囚がいる。歌の時間とお昼寝の時間以外は、鉄格子越しに子どもたちと死刑囚のふれあいが行われている。おままごと用の包丁で死刑囚を刺す真似をする子がいる。死刑囚は喜んで死んだふりをする。ブロックで処刑台を作って見せる…

お母さんのカレー

お母さんのカレーが食べたい、と中年男は思った。しかしお母さんはもう死んでいるのであまり無理はさせられない。そこで男は母の墓前に、一日に一つだけ、カレーの材料を置くことにした。まず一日目、カレールウを置いた。二日目、牛肉を置いた。前日のカレ…

免許更新のお知らせ

蝿の免許の更新のお知らせの葉書が届いた。更新すべきか迷っている。免許を取得してから五年、一度も死体にたかっていない。せっかくスマホに、死体がある場所を知らせるアプリまで入れたのに、仕事やら親戚の法事やらが偶然重なって、死体にたかりに行けな…

王国の夜

かつて都市の下水道だった地下道を、黒衣をまとった猫たちが、蝋燭を掲げ持ち静かに歩いていく。地下道の両側には、どぶ鼠の石像がずらりと並んでいる。黒衣の猫たちは進む。石像の奥に、玉座が設置されている。玉座には威厳あるどぶ鼠が座っている。どぶ鼠…

落ち葉を踏んで

秋の並木道を歩く。落ち葉を踏んで歩く。ざく、ざく、ざく。落ち葉を踏んで歩く。ざく、ざく、ざく。落ち葉をよく見る。大体の落ち葉に、コンビニやクレジットカード、カップラーメンの広告が入っている。踏んで歩く。ざく、ざく、ざく。あっ。この落ち葉に…

正確な正三角形

数学の授業が始まった。教室の後ろに気配を感じ、振り返ると、今日も、前の数学教師の人魂が漂っていた。人魂はしばらく現在の数学教師の授業を眺めていたが、正三角形が黒板に描かれると、ふらふらと吸い寄せられるように、黒板に向かっていった。現在の数…

孤独な蟹

孤独な蟹が、虚空へ向かって、鋏を必死に動かしていた。砂浜を散歩していた神様が、偶然それを見つけて、何をしているの、と孤独な蟹に尋ねた。孤独な蟹は、水平線をちょん切ろうとしています、と答えた。どうしてそんなことするの、と神様は尋ねた。孤独な…

洗濯機の使い方

ペットショップで殺人鬼が売られていた。人懐っこい殺人鬼で、俺がケージを覗くと、俺の首を絞めようとして手を伸ばしてきた。先日、ペット可のマンションに引っ越したことだし、つぶらな瞳が気に入ったので、飼うことにした。ペットショップの店員によると…