超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧

バスタオルを脱いだ彼女の背中の真ん中に、小さな穴が開いていた。よく見るとそれは鉛筆削りだった。あんま見ないでよ。彼女は照れくさそうにつぶやいた。昔、詩人と付き合ってたの。彼女は言った。へえ、詩人と。僕は間の抜けた声で言って、鉛筆削りの穴を…

ツキジゴク

カーテンを開け、夜空を見る。地平線近くに何かが動いている。目をこらすとそれはツキジゴクで、じっと巣の中で月を待ち構えている。月はそれに気付かずどんどん地平線に向かって沈んでいく。そしてとうとう、月がツキジゴクに捕らえられた。ガリッ、という…

海へ

世の中に塩が溢れていることに絶望したナメクジは、屋上から飛び降りるためビルの壁を這って昇っていった。屋上に着くと床に粘液で遺書を書いた。その遺書には理科の実験で人間の小学生に塩をかけられて殺された母親のことも当然含まれていた。遺書を書き終…

庶民の生活

母がスーパーで買ってきた豚肉には「わけあり特価品」というシールが貼られていた。消費期限が近いわけでもなく、産地も国内だ。不思議だと思っていると母が、豚肉をつまんで持ち上げた。その豚肉には影が無かった。ああ、そうか、この豚は影料理に使われた…

濁った目

墓地から喪服を着た中年男が出てきた。とぼとぼと歩いている。かすかに酒臭い。墓地から人魂が出てきた。男をまっすぐ追いかけている。人魂が男に追いつく。男は濁った目で人魂を見つめる。男の喪服の胸ポケットを人魂がつつく。胸ポケットがかすかに焦げる…

バナナのにおい

休みの日、図書館に行って、本を読んでいた。しばらくして、煙草が吸いたくなったので、喫煙室に向かった。すると、喫煙室の隣に、ドアにバナナのイラストが描かれた部屋があった。そっとドアを開けると、清潔な室内に、テーブルと、バナナが山盛りになった…

千羽鶴を折る

作業員によってマンホールの蓋が開かれると、ヘルメットをかぶった市長と付き添いの市の職員が、子どもたちが作ったという千羽鶴を両手に抱えて、下水道に潜っていった。地元のテレビのカメラがその様子を撮っている。そこへ、市の広報車がやってきて、スピ…

お役に立てて

仕事中、取引先と電話をしている時、メモを取ろうとしたら手元にメモ用紙がなかった。隣のデスクの新入社員に、ごめん何かメモできる物あるかな、と訊いた。すると彼女は慌てた様子で一番大きな抽斗を開け、中に入っていた骨壷から手頃な大きさの骨片を取り…

すいませんねえ

昼飯を買いに、近所のパン屋に入った。あんパンがいつもの半額で売られていた。そういえば今日は、パン屋の店主と二番目の妻との間に出来た三人目の娘の命日だったっけ。せっかくなので、あんパンをトレーに載せた。他にいくつかパンを選び、ふと、店内に貼…

そういうわけじゃないけど

朝食を食べながらテレビを観ていた。星座占いのコーナーが始まった。私の星座がランキングの最下位だった。少し嫌な気分になった。でもこの後ラッキーアイテムの発表がある。それを持っていれば大丈夫だろう。ラッキーアイテムは、首吊り縄だった。家の中で…

恐縮する男

真夜中のゴミ捨て場に、宇宙服を着た男がゴミ袋を持ってそっと近づいていく。ゴミ袋はもぞもぞと動いている。男はゴミ捨て場の隅にゴミ袋を置いて、すぐに立ち去ろうとする。ちょっと待ちなさい。女の声がする。男が振り返ると、寝間着を着た老婆が立ってい…

ケチな先輩

会社の先輩に仕事終わりで酒に誘われた。ケチな先輩だから割り勘だろうと思ったらその通りになった。居酒屋を出て歩いている時、書店の前を通りかかった。先輩が立ち止まった。どしたんすか。俺が訊くと先輩は答えた。詩集、おごってやるよ。えっ。詩集、お…

丸々と痩せっぽち

交番の掲示板に貼られていた指名手配犯のポスターには、丸々と肥った赤い金魚の写真が載っていた。感情のない目でこちらをじっと見つめていた。罪状の欄には「殺人」と書かれていた。数日後の夏祭り、金魚すくいの屋台の前に数人の警察官がいて、店主に何か…

ばっ

ある真夜中、もう何か月も真っ暗な部屋で、パソコンを開き、遺書を打っていた。パソコンを開く前は頭の中でうまく文章がまとまらなかったので不安だったが、打ち始めるとすらすら文章が出てきた。これで心置きなく死ねる。数年ぶりに爽快な気分を味わってい…

冗談のつもり

義母の葬儀の前日、葬儀社が、弔意測定器を貸してくれた。明日の参列者の中に何人か怪しい人がいる、と相談したら、それでは、と貸してくれたのだ。動作テストを兼ねて、自分の弔意を測定してみた。ピロピロ。間抜けな音だ。数値を見る。まぁ、義母だから、…

小さな指屋

嫁いだ先の町の片隅に、小さな指屋があった。ある日の夕暮れ時、買い物帰りに、何気なくその指屋に立ち寄った。指屋の店内は薄暗く、かすかに香水の匂いが漂っていた。店員はいなかった。一番目立つ場所にある棚に、指を切り落とす器具が並べられていて、横…

ペンを借りる

そのホームレスの婆さんは、俺が勤務する交番に、時々油性ペンを借りに来る。婆さんはいつもスーパーのビニール袋を持っていて、その中には、婆さんが遠い昔に卒業した小学校の卒業アルバムが入っている。婆さんは、油性ペンを貸すと、卒業生たちの顔写真が…

ああ、どうも

引っ越しの荷ほどきを終え、アパートの隣人に挨拶に行った。ドアをノックすると、間もなくドアが開いた。中から、頭部が毛糸玉、体が人間の隣人が出てきた。よれよれのスウェットを着ていた。初めまして、隣に引っ越してきた者です。俺は言った。隣人は、あ…

あの日の海

恋人と喧嘩してしまった。また喧嘩してしまった。最近、喧嘩ばかりだ。もう私たちは、お互いを、知りすぎてしまったのかもしれない。こうなったら、仕方がない。私は抽斗の奥から、一枚のメモを取り出した。それは、私たちが恋人同士になったばかりの時、恋…

宝石のマーク

夕方のニュース番組を観ていた。天気予報のコーナーが始まった。明日の天気図の、私たちの街に、宝石のマークが出ていた。明日は、私たちの街に、神様が宝石を降らせるらしい。神様に憐れまれているのだ。確かに、この数か月、この街にはろくなことがなかっ…

死ぬまでずっと

パン屋の主人がある日道端で、宇宙人を拾った。弱っていたので、連れて帰り、とりあえず食料を与えることにした。パン屋の厨房で何かないか探していると、宇宙人が、ピィッ、と鳴いた。見ると、宇宙人がメロンパンを指さしている。食べたいのか、と差し出す…

母と黒い粒

もう来ないでって言ったでしょ。夕方の台所から、母の声がした。そっと台所を覗くと、母がテーブルの前に座っていて、その母の目の前に、何か黒い粒があるのが見えた。よく見るとその黒い粒は、一匹の蟻だった。何なのよ、もう。母はうつむいてすすり泣きを…

ふれあいの時間

その幼稚園にある独房には死刑囚がいる。歌の時間とお昼寝の時間以外は、鉄格子越しに子どもたちと死刑囚のふれあいが行われている。おままごと用の包丁で死刑囚を刺す真似をする子がいる。死刑囚は喜んで死んだふりをする。ブロックで処刑台を作って見せる…

お母さんのカレー

お母さんのカレーが食べたい、と中年男は思った。しかしお母さんはもう死んでいるのであまり無理はさせられない。そこで男は母の墓前に、一日に一つだけ、カレーの材料を置くことにした。まず一日目、カレールウを置いた。二日目、牛肉を置いた。前日のカレ…

免許更新のお知らせ

蝿の免許の更新のお知らせの葉書が届いた。更新すべきか迷っている。免許を取得してから五年、一度も死体にたかっていない。せっかくスマホに、死体がある場所を知らせるアプリまで入れたのに、仕事やら親戚の法事やらが偶然重なって、死体にたかりに行けな…

王国の夜

かつて都市の下水道だった地下道を、黒衣をまとった猫たちが、蝋燭を掲げ持ち静かに歩いていく。地下道の両側には、どぶ鼠の石像がずらりと並んでいる。黒衣の猫たちは進む。石像の奥に、玉座が設置されている。玉座には威厳あるどぶ鼠が座っている。どぶ鼠…

落ち葉を踏んで

秋の並木道を歩く。落ち葉を踏んで歩く。ざく、ざく、ざく。落ち葉を踏んで歩く。ざく、ざく、ざく。落ち葉をよく見る。大体の落ち葉に、コンビニやクレジットカード、カップラーメンの広告が入っている。踏んで歩く。ざく、ざく、ざく。あっ。この落ち葉に…

正確な正三角形

数学の授業が始まった。教室の後ろに気配を感じ、振り返ると、今日も、前の数学教師の人魂が漂っていた。人魂はしばらく現在の数学教師の授業を眺めていたが、正三角形が黒板に描かれると、ふらふらと吸い寄せられるように、黒板に向かっていった。現在の数…

孤独な蟹

孤独な蟹が、虚空へ向かって、鋏を必死に動かしていた。砂浜を散歩していた神様が、偶然それを見つけて、何をしているの、と孤独な蟹に尋ねた。孤独な蟹は、水平線をちょん切ろうとしています、と答えた。どうしてそんなことするの、と神様は尋ねた。孤独な…

洗濯機の使い方

ペットショップで殺人鬼が売られていた。人懐っこい殺人鬼で、俺がケージを覗くと、俺の首を絞めようとして手を伸ばしてきた。先日、ペット可のマンションに引っ越したことだし、つぶらな瞳が気に入ったので、飼うことにした。ペットショップの店員によると…