超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2012-11-01から1ヶ月間の記事一覧

花と蝶

巨大な蝶に、庭の花々を吸い尽くされた。気がついたときには、丹精込めて育ててきた瑞々しい花々はすっかり萎れ、色とりどりの老婆の乳房があちこちにぶら下がっているような様相を呈していた。思わず「おい!」と怒鳴ると、蝶がこちらを振り向いた。まだ若い…

雨と影

雨が上がったばかりの道を歩いていたら、影が水を吸ってぶよぶよになってしまった。 仕方なく一度家に戻ろうとした瞬間、膨らんだ影の先っぽを、かき揚げみたいな顔のおばさんが乗った自転車が踏みつけていった。 ぶしゅ、と音がして小さな穴が空き、影がど…

じいさんと太陽

「じいさん、おはよう」 「おはよう」 「今朝は寒いな」 「晴れてるのにな」 「じいさん」 「何だい」 「何でじいさんは牛小屋なんかで寝てるんだ?」 「家族が僕を、家から追い出したんだ」 「何があった」 「それより牛乳をくれよ」 私はじいさんに瓶の牛乳…

妻とドアノブ

何だか体の調子が悪い、と朝から病院に行っていた妻が夕方、胸の真ん中にドアノブをつけて帰ってきた。 「医者がつけろって言うから」 妻は照れくさそうに笑った。 「開けてみた?」 と尋ねると、 「何だか恥ずかしくて」 と要領の得ないことを言って寝室に引…

黒い塊と執刀医

(手術室。) (手術台に患者の男、腹を開かれている。男の周りに初老の執刀医と数人の助手。黙々と器具を動かしている。患者の頭の横には心電図を示す機械が据え付けられており、規則正しいリズムで波打っている。) (と、手術用の照明がジジジと音を立て…

墓と漫画

用事のついでに妹の墓参りに行ってきた。 夕方の墓場に人影はなかった。妹の墓石の上で、太った猫が眠っていた。線香を供え、刻まれた名前を読み、何か声をかけようとしたが、何も思いつかなかった。 墓石に触れてみると、ひんやりとした心地よさが伝わって…

新しい皮と古い皮

恋人ができないのは顔のせいだと思い、整形手術を受けることにした。 「古い顔をまるごと剥ぎまして」 「ええ」 「その上に新しい顔を貼り付けます」 「合理的ですね」 「科学の勝利です」 手術は見事成功し、美しく新しい顔が貼り付けられた。 「素晴らしい…

地下鉄とピアノ

外は晴れていたが、地下鉄におりると雨が降っていた。 構内には、私のほかに誰もいなかった。雨はもうずいぶん前から降っていたらしく、床も壁も水浸しで、歩くたびに靴の中がびしょびしょになってしまった。そのうえ傘も持ってきていない。せっかくの休日な…

キリンとコメディエンヌ

(明け方。棚とベッドだけの簡素な部屋。ベッドには一人の女が眠っている。棚には様々な動物のフィギュアが並べられている。窓枠にはコンビニのおでんの容器があり、水の入ったコップがあり、遺書があり、携帯電話があり、カーテンの隙間から漏れる光が、そ…

髪の毛とベッド

今勤めてる病院に、いわくつきの病室があるんですよ。 3階の6人部屋の一番奥に古いベッドがあって、パッと見は普通の、何の変哲もないベッドなんですけど、掛け布団をめくると、シーツの上に、長い髪の毛の束が落ちてるんです。 最初見つけたときは誰かのイ…

塔と鳥

草一本生えていない大地に塔が建っていた。 そのてっぺんの部屋に、王様の格好をした私が佇んでいた。 きらびやかな装飾の服は窮屈で、床も壁も冷たかった。開け放たれた窓から風が吹き込んできた。鉄と火薬のにおいがした。 大地も空も黒っぽくくすんでいて…