超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2018-12-01から1ヶ月間の記事一覧

ラストシーン

その朝、東の空から現れたのは、太陽ではなく、エンドロールだった。 ということは、ゆうべの冴えない晩酌が、俺のラストシーンだったのか。どうせなら大盤振る舞いしとくんだった。 それでは皆さん、ご縁があれば、また次回作で。

じゅわき

かぜにのって、じゅわきのかたちのくもが、あおぞらをながされていく。 かすかにふるえながら、じりりり、じりりり、とけたたましくベルのおとをならしている。 だれかでてやれよ、だれかでたほうがいいんじゃない、みんなくちぐちにそういうが、だれもでか…

世界平和

夜空を眺めていたら、流れ星を見つけた。せっかくだから何かお祈りしようとした瞬間、流れ星がパッと消えてしまった。よく目をこらすと、夜空を誰かが歩いていて、そいつが着ているパーカーのフードに、流れ星が入ってしまったらしい。何だかすごくテンショ…

いないいない

海岸沿いを歩いていたら、釣り人の格好をした男が、クーラーボックスのフタを開けて中を覗きこみながら、「いないいないばあ」を繰り返していた。すれ違う時、クーラーボックスの中で何かが勢いよく跳ねる音が聞こえてきたが、もしかしたら笑い声だったのか…

熱燗

冬の夜だ。かくべつに寒い冬の夜だ。熱燗を一本つける。軽く足踏みをして寒さを紛らす。息が白い。ふと窓の外の夜空を見上げる。満月が出ている。が、なんだかやけにもこもこしている。目をこらすと、月はまん丸のセーターとニット帽を着込んで、俺と同じよ…

目薬

昔、美術館でアルバイトしていた時、閉館後、展示室の掃除や見回りをしていると、額縁の中から「目薬持ってきて」と頼まれることが多かった。何しろ一日に何十何百もの来場者の顔を眺めなければいけないので、ずいぶん目が疲れるのだそうだ。その中でも特に…

リズム

夜、近所の汚い野良猫が、ゴミ捨て場の前でうるさく鳴いていた。何かいるのかと思い、ゴミ捨て場をのぞき込むと、野良猫の前に、もう壊れて動かないのであろう、シンバルを持った猿の玩具が転がっていた。 ニャ、ニャー、ニャーニャ。 ニャ、ニャー、ニャー…

はんぶん

うしろはんぶん色をぬり忘れられたネコが 透明なうしろはんぶんを 木漏れ日の中にひたしている 木漏れ日の色に染めたくて 夕方になれば うしろはんぶん色をぬり忘れられたネコは 透明なうしろはんぶんを おしげもなく夕日にさらす 夕日の色に染めたくて まえ…

歯ブラシ

歯ブラシを口にくわえようとして、ずいぶんぼろぼろなことに気づいたが、すぐに捨ててしまうのももったいない気がした。何か磨くものでもないかと家の中をうろうろしていた時、ふと、窓の外の満月が目に入ったので、窓を開け、月を磨き、ウサギの餅つきに見…

テクニック

むかし時計屋さんがあった空き地に、野生の砂時計が生えていた。まだ形もいびつで、砂も詰まりすぎているが、珍しいので一つ摘んで家で育てることにした。二ヶ月くらい経ち、立派な砂時計に生長した。が、時間を計ってみたら3分12秒という半端な数字だったの…

UFO

ある日の夕方、ドーナツ屋の窓から、青色と赤色のドーナツが次々に飛び出してきて、まるでUFOの大群の一斉攻撃のように、町のあちこちへと飛び去っていった。あるものは干されていた布団に突っ込んで布団をべたべたにし、またあるものは放課後の教室に飛び込…

ぴかぴかの鎖をなびかせて、犬が通りを駆けてゆく、夕日に向かってまっすぐに。今日こそはあの眩しい野郎にかみついてやろうと、意気込んでいる。のだ。わん。

いらいら

最近、いらいらする出来事が多くて、舌打ちばかりしている。仕事中でも、家の中でも。そんな自分にもいらいらして、つい舌打ちをしてしまう。そんなある日、歯と歯の隙間に置き手紙を残して、舌が口の中からいなくなってしまった。「もううんざりです」手紙…

同じレンジ

新しいゲームを買ってもらったので、休日の朝から、近所の××君の家に行った。インターフォンを鳴らすと、××君のお母さんが出てきた。「××君お願いします」「すぐに用意するから待っててね」通された居間でジュースを飲んでいると、電子レンジのあたため終了…

マイ・ウェイ

解体工事が行われていた病院の一室から、一羽の小鳥が見つかった。それは入院患者が見ていた夢の中に現れたあと、うっかり外へ出てしまった小鳥らしく、羽根の色も、翼やくちばしの位置も、目玉の数すらちぐはぐで、素晴らしく美しいバリトンの声でシナトラ…

ちゅうい

ああ、この家か。 伝票に書かれた住所を見て、思わずため息がこぼれる。 いやなんだよな、この家に配達に行くの。 なんなんだよ、玄関のあの張り紙。「元人間にちゅうい」って。

ずいぶん小さくなって

よろけた足取りで、音楽室のピアノの鍵盤の上を誰かが歩いている。あれは去年亡くなった音楽の先生だ。ずいぶん小さくなって。 酔っているらしい。寡黙でおとなしかった面影はどこへやら、どこかの方言で、猥褻な歌を高らかに歌い上げながら、鍵盤をめちゃく…

近い

首吊りに使われた街灯が、その日を境にどんどん猫背になりつつある。まぁ、気持ちはわかるけど、そんなに落ち込むなよ。近いよ。眩しいよ。

影、ふとん

夕方、ベランダに干していた布団をとりこもうとしたとき、布団に、小さな女の子の影がしがみついているのを見つけた。私が住んでいる家は、すぐそばに墓地があるので、時々こういうことが起きるのだ。干したての布団の魅力に、吸い寄せられてくるのかもしれ…

学校の焼却炉の煙突が、桃色の煙を吐き出していた。 誰かがラブレターを投げ込んだのだろう。 それにしても今日の煙は、色といい、量といい……。 読みたかったな。

ある小さな町の、真夜中の踏切に、おーん、おーん、と穏やかな音が響いている。警報機が、昼間と違うものを迎えるための合図を送っているのだ。遮断機がゆっくり下りてきて、同時に、素晴らしく美しい青色のライトが点滅する。しばらくすると、そこへクジラ…

ぷわり

咳をするたび、耳から、しゃぼん玉が、ぷわりととびだす。 さすが、新しい病院の、新しい薬だ。気が、利いている。 咳をするたび、耳から、しゃぼん玉が、ぷわりととびだす。 虹色をぎらつかせながら、病院の天井に、次々と弾けて、消える。 咳をするたび、…

不倫

リボン、包装紙、テープ、緩衝材、をぽとりぽとり落としながら、新しい月が、夜空にゆっくり現れた。ぴかぴかのまっさらな月だ。生まれたての赤ん坊のお尻のようにも、知恵がたくさん詰まったおじいさんの禿頭のようにも見える。いつもより明るい月夜だ。誰…

犬と爺さん

からだじゅうに、コードや、ネジや、アンテナや、ちかちか光るランプをくっつけた、ほとんど骨ばかりの犬が、これまたほとんど骨ばかりの爺さんが弱々しく投げたフリスビーを、三十分かけて、くわえて戻ってきた。夕暮れの、さびれた公園での話だ。 本当は会…

こっぷ

くすりをのむのにつかったこっぷが、こいのぼりみたいなおおきなくちで、びょうきがなおったらぴくにっくにつれていってください、といったので、どこへいきたいの、とたずねると、こっぷは、やわらかいつちのうえなら、どこでも、とこたえた。おもいきりこ…

乾杯

耳をつんざくような「乾杯!」 の声がきこえたつぎの瞬間、ぼくたちは宇宙にほうりだされていた。 ふりかえると、地球のまわりの大小さまざまな星々が、地球めがけてぶつかってきたらしく、その衝撃でぼくらは宇宙にほうりだされたのだということがわかった…

点滴袋をぶらさげたキャスターつきの器具をがらごろいわせながら、流れ星が夜空をよろよろ駆けていった。ずいぶん、願われてしまっているようだ。そばかすのことはあきらめることにした。

しるし

おかえりなさい あれ? ねこでもひいた? かげが すごくつめたいよ

蛸、あじはしらない

まいにち、ゆうぐれどきに、みせのまどのまえをとおるおんなのこが、てをふっていたあいては、おれではなく、いけすのなかの蛸だった。蛸のやろう、さいきん、ゆうぐれどきにやたらあかいから、よくしらべたら、そういうことだった。あるよる、蛸のにぎりを…

再開

押入を整理していたら、古いトランプが出てきた。昔はこれでよく遊んだものだ。懐かしい気分になり、カードを箱から取り出して何となく切っていると、一枚のカードが手の中からぴょんと飛び出してゴミ箱に飛び込んでしまった。そんなに激しい切り方したかな…