超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2018-10-01から1ヶ月間の記事一覧

パラソル

どしゃ降りの中を傘をさして歩いていると、足下からほんのり甘い香りが漂ってきた。見ると、茶色い水たまりの中に、パラソル型チョコレートの柄の部分だけが、ぽつんと浮かんでいた。何となく眺めていたら、皺だらけの手が現れ、それをひょいと拾い上げた。…

かじる

なあ、 一度でいいから、 ハンバーガーとか、 思いっきりかじってみたかったよ。 俺のハンマーが台所の壁を叩き壊す寸前、赤錆びた蛇口は確かにそう呟いた。

飛行機雲

嘘のように晴れた青空をふと見上げると、飛行機雲がピンと張っていて、そこに洗濯物を干したハンガーがいくつも揺れていた。洗濯物の中には、死んだ息子の、野球部のユニフォームも混じっていた。 あそこなら、すぐ乾くだろうなあ。 そんなことを考えながら…

東京

夕日を浴びて、ぼくの影が、部屋の床に長く長く伸びている。部屋にはぼくひとりしかいないから、影もひとつしかない。ぼくにはそれが寂しい。ぼくは寂しさを紛らわすために、てきとうな大きさに影をちぎって、机の引き出しに半端に余っていた切手をみんな貼…

明日も仕事なのになぜか寝付けないので、気分転換にベランダに出て煙草を吸っていたら、しんと静まりかえった深夜の交差点で、四本の信号機たちが、鬼ごっこをして遊んでいるのが見えた。三色のライトを笑うように点滅させながら、細い支柱をしなやかに曲げ…

晩夏

着信履歴の文字列に、潰れた蚊のようなものがぽつぽつ混じるようになってきた。そろそろ墓参り行かなくちゃ。

首長竜

夜中、トイレに起きると、リビングに柱が一本増えていた。近づいてよく見るとそれはこの間博物館で見た首長竜の首だった。「ちょっとお邪魔してますよ」 頭上から声がしたので顔を上げると、天井から、首長竜の下顎がはみ出してパクパクしていた。「おたくの…

惚れ薬

まだあたたかい惚れ薬を冷ましている秋の窓辺、そのすぐ向こうを、あの人が通りかかる。携帯電話で誰かと話している。笑っている。歯に青海苔がくっついている。ああ。

いいもの

今朝、俺の医者が、俺の舌の裏に、「あたり」の文字を見つけた。こんなものがあったなんて知らなかった。 俺が死んだら、閻魔様が、何かもらえるのかな。 いいものだといいが、俺だもんな。 そんなことを考えていたら、少し、笑えた。死ぬのが、少し、怖くな…

私の好きな男子の名前を背負った蟻と、帰り道にすれ違った。 自分の部屋に入ると、勉強机の上に置いておいた日記帳から、彼への思いを綴ったポエムがごっそりなくなっていた。 甘すぎた。ポエムも、日記の管理も。

爪と指と腕

「爪」 アパートの隣室から、かれこれ三時間近く、爪を切る音が聞こえ続けている。 「指」 洗濯機から取り出した夫の古い作業着のポケットから、ぎゅっと小さく丸まった紙の塊が出てきた。広げてみるとそれは夫が書いた私の設計図だった。 指の動きの滑らか…

緊急事態

長いこと放置していた冷凍室の霜の奥で、小さな人影が小さな人影をビンタしていた。「寝たら死ぬぞ!」 という声がかすかに聞こえた。 映画とかでよくあるやつだ。 こんなところで見ることになるとは。 しかしそもそも彼らはどこを目指してここに迷い込んだ…

月には一匹の老いた猫がいる。 猫には蚤がついている。 猫だけがいる。 飼う人はいない。 飼う人がいないから、洗っていない。 洗っていないから、猫は痒い。 痒いから、掻く。 すると猫から蚤が飛び出す。 その蚤を地球から見たのが、流れ星の正体だ。 だか…

苺と苺

夜中の台所からひそひそ声が聞こえてきたので、何事かと思い見に行くと、テーブルの上に置きっぱなしで冷蔵庫にしまい忘れていたパックの中の苺たちが、明日の朝のためにやはりテーブルの上に置いておいた苺ジャムの瓶に向かって、何かひそひそ話をしている…

体調

朝起きたら喉が腫れていた。軽い風邪でも引いたのかと思い、通勤途中に薬局に寄ってのど飴でも買おうと考えていた。だが、朝食を食べている時、ごはんやおかずの塊がその腫れた部分に触れるたびに、家のインターフォンが鳴ることに気づいて、薬局なのか、医…

影が膨らんでいく

夕暮れ時、路地に伸びる自分の影が、いつもより濃いような気がした。 よく見ると、俺の影の中に、一回り小さい別の影が見えた。 俺の影に、影が生まれたようだった。それで濃く見えたのだ。 すると、俺はもうすぐ消えるらしい。俺の影が、次の俺になるために…

マザー

最近ハイハイを覚えたばかりの息子が、せわしなく部屋を動き回っている。「××!おいで!」 そう息子を呼ぶと、息子は、わざわざ俺のいる方のウィンカーを点け、直角に曲がって俺の足下へやってきた。 こういう几帳面なところはマザーにそっくりだ。 ちゅっ。…

だれ

せんせ。いま、胃カメラとすれちがったの、だれれすか?

影絵

絆創膏ちょうだい。 久しぶりに影絵のキツネなんか作ったもんだから、指、咬まれちゃった。 昔はあんなに懐いていたのにな。

七色

雨上がりの町へふらりと散歩へ出て行った飼い猫が、前脚を七色に染めて帰ってきた。こいつ、また虹で爪研いだな。

予報

ゆうべ、お母さんに殺される夢を見たよ。 てことは、今日は雨になるね。

ブレーカー

今夜は満月だった。そのことを忘れていた。電子レンジを使っていたら、ブレーカーが落ちて、夜空が真っ暗になった。今夜はうちが担当する日だったのだ。四方八方から、鳥獣や虫の不安げな鳴き声が聞こえてくる。 慌てて電子レンジのコンセントを抜き、ブレー…

雨も降っていないのにマンションの廊下が雨漏りしていたので、管理人に伝えると、管理人は管理人室のロッカーから錆びた鉗子とメスみたいなものを取り出し、ふっと大きく息を吐いた。 「なんですかそれ」「や」 管理人は暗い、強張った顔で、それを握りしめ…

半ば無理矢理参加させてもらうことになった初めての合コンに備え、柄にもなく眉毛を抜いていた時、とりわけ太い一本を抜いた瞬間、 ふしゅぅ、 と空気の抜ける音がして、俺は萎んで床に落ちていた。 俺がうかつだったのか、こんなところに栓を作る方がうかつ…

一応

「これは?」「ネジの頭です」「これは?」「ネジの頭です」「これは?」「ほくろです」「これはほくろ」「はい」「じゃ、こっから先が人間なんだ」「ま、一応」「ふーん」

近所に竹やぶがあり、そこに粗大ごみを不法投棄していく輩が後を絶たないのだが、その竹やぶには、時々、古いラジカセの幽霊が出ることがある。 悪さをしたり、脅かしたりはしない。ただごみの山の上にぽわんと浮かび、中島みゆきの「狼になりたい」を延々と…

光の尾

夜空の真ん中を、青い光の尾を引いて、地球から月へと真っ直ぐ、1ロールのトイレットペーパーが飛んでいく。 彗星とか、流れ星とか、見たことないけど、きっとあんな感じなんだろうな。 あの日空から聞こえてきた「紙取って」 の一言から、こんな美しい光景…

チョキ

じゃんけんで負けたらしいうなだれたチョキの手が、たくさんの雨雲を引き連れて、夕空の彼方へ消えていった。明日は大嫌いな運動会だから、がんばってもらいたかった。

幼い頃、絵本の猿にえぐり取られた右の目玉が、二十年経った今、隣町の図書館で見つかったと連絡が来た。あの絵本は捨てたものだと思っていたので、とてもびっくりした。 早速図書館に行き、目玉を返してもらうついでに、「あの猿はどうしました」 と司書に…

サイン

昼寝をしていた娘の寝息が、葉擦れの音へと変わっていった。 後で訊いたら、森の夢を見ていたというので、森に遊びに連れていったら、とても喜んでいた。 * 昼寝をしていた娘の寝息が、波の音へと変わっていった。 後で訊いたら、海の夢を見ていたというの…