超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

色々ある

夏祭り、浴衣を着た老若男女が行き交っている。様々な屋台が軒を連ねている。その屋台の中に、のれんに《蘇生》と書かれた屋台がある。店主の中年男は両手にクリームを擦り込みながら客を待っている。人込みの中を、少年の死体を背負った浴衣の少女が歩いて…

カタカタ

深夜、ボロアパートの一室で、一人の中年男が、パソコンで遺書を打ち込んでいる。カタカタ、カタカタ、とキーボードを叩く音が響いている。どこかで犬が吠えている。男の表情は晴れ晴れとしている。やがて遺書が完成する。男は最後の煙草に火をつけ、それを…

なりますの

ある夏の日、ホームセンターに品のいい婦人がやってきて、殺虫剤をレジに置き、店員に言った。プレゼント用のラッピングをお願いいたします。店員が言った。どなたにプレゼントされますか。息子です。店員が殺虫剤を、男の子向けの包装紙で包んでいる時、婦…

悲しいのを一つ

高級寿司店で、身なりのいい紳士が、板前に注文する。悲しいのを一つもらおうかな。板前が静かに答える。あいよ。やがて紳士の前に一貫の寿司が出される。シャリの上に、古いデジカメから取り出したメモリーカードが載せられている。今朝ゴミ処理場で獲れた…

ノイズ

夏の夜、テレビを観ていたら、部屋に羽音が聞こえた。蚊かな。辺りを見回すと、何かが飛んでいた。蚊に見える。でも、少し違うような気もする。よく見るとお尻に針のような物がある。何だこれ。その虫はしばらく辺りを飛び回った後、テレビ画面にぴたっとと…

星の数ほど

会社の昼休み、独身の先輩が、可愛い弁当箱を取り出した。可愛い弁当箱っすね。俺が話しかけると先輩は、照れくさそうに蓋を開けた。彼女でもできたんすか。と言いながら中を覗くと、弁当箱の中には生のトマトが一個入っているだけだった。俺こいつと結婚し…

祈りの時間

夕方、テレビをつけるとニュース番組が流れている。天気図が表示される。太陽のマークが並ぶ中に混じって、ドクロのマークが表示されている。気象予報士が言う。ドクロのマークの地域の方はがんばってください。男性アナウンサーが言う。かわいそうですね。…

気のせいさ

夜のレストランで、老夫婦が向かい合ってワインを飲んでいる。そこへウェイターが皿を運んでくる。こちら今日獲れたばかりのものになります。老夫婦の前に並べられた二枚の皿には「遺書」と書かれた封筒がそれぞれ一つずつ載っている。ごゆっくり。ウェイタ…

ヴォーヴォー

深夜、眠れないのでテレビをつけた。何かのランキングのようなものが流れていた。女性アイドルの顔写真が羅列されている。しかし、テロップで表示されている文字が読めない。違う国の言語のようだ。何の番組だろう。音量を上げた。ヴォーヴォーヴォー。そん…

社長の意向

大学生の就職活動のシーズンが訪れ、殺虫剤を製造している我が社にも応募者が来た。我が社は社長の意向で、履歴書選考はなく、全員一次面接に来てもらうことになっていた。履歴書はその時に初めて目を通す。学生たちを面接していると、一人、目が異常に輝い…

結婚してください

今朝も、左手の薬指の痛みで目が覚めた。カーテンを開ける。電波塔が見える。あの電波塔が発する電波によって、指が痛むのだ。電波塔には垂れ幕が下がっている。《結婚してください》そう書かれている。政府から支給される結婚指輪をはめれば電波は無効化さ…

起業家の夏

夏の公園で蝉が鳴いている。スーツを着たおじさんが公園に入ってきて、蝉を見つけるたび、木によじ登り、蝉を手で捕まえて、ズボンのポケットに入れていく。やがておじさんのズボンの両ポケットは蝉でいっぱいになる。おじさんはベンチに腰掛け、鞄を開ける…

羽音

魚屋の店先に、蝿取り紙が吊るされている。蝿取り紙には、数匹の蝿がくっついている。ある日、魚屋にお使いで買い物に来た少年が、その蝿取り紙を見て、お母さんだ、とつぶやいた。何だって坊や。お母さんだ。少年は一匹の蝿を指さした。魚屋の店主は困った…

ピーッ

テレビを観ていたら、台所から、ピーッ、と音がした。ご飯が炊けました。炊飯器の機械音声が聞こえた。んー、ご飯炊けたか、と思いながらテレビのリモコンを手に取ると、お風呂場から、ピーッ、と音がした。お風呂が沸きました。ご飯とお風呂と、どっちにし…

色とりどり

入院中のお母さんのお見舞いに行った。病室のドアを開けようとした時、病室の中から変な音が聞こえてくることに気づいた。ガサガサ、ガサガサ。何の音だろう。扉を開けるとお母さんが眠っているベッドの横に女の人がいて、背中を丸めて何かしている。服装を…

黒い袋

家に帰る前に、ドラッグストアに立ち寄った。「うそつき」のコーナーに向かった。するとそのコーナーから、俺と同い年くらいのおっさんが薬の箱を持って出てくるのとすれ違った。あのおっさんも俺と同じうそつきなんだろう。苦笑いしながら棚の前に立つ。う…

最後のピアノ

真夜中の森を、三人の男が、一台の古いピアノを運びながらよろよろと歩いている。そのピアノは、男たちの生まれ育った国で最後のピアノである。男たちはその重さに悲鳴を漏らしながら、必死に森の奥へと運んでいる。まだか。一人の男が問いかける。もうすぐ…

十三本

離婚した。役所に離婚届を提出した後、家に帰ると当然誰もいなかった。俺はベッドに寝ころび、天井を見上げた。色々あったな、と思った。しかし、色々あった、ということしか覚えておらず、具体的に何が色々だったのかは思い出せなかった。そういえば、今日…

新しい生活

ある朝、自宅の郵便受けを開けたらチラシが一枚入っていた。にこにこ笑顔の囚人のイラストがあって、その下に「あなたのお宅に刑務所を作りませんか」と書かれている。刑務所か。自宅に刑務所がある生活。この辺も犯罪者が増えてきたことだし、いくつか捕ま…

集金人

奥さん、こんちは、集金です。勝手口から声がした。はーい、と返事をしてドアを開ける。包丁の集金人がにこにこして立っていた。私は、刃に血や果汁がこびりついた包丁を取り出し、集金人に手渡した。では、失礼して。集金人は包丁の刃をじっくり眺め、時に…

交渉

市役所に、猫が入ってきた。猫は口に鼠をくわえていた。猫は鼠をくわえたまま、隅の窓口の前に行き、そのまま備え付けの椅子に飛び乗った。市役所の職員が窓口に現れた。猫は鼠をカウンターの上に、ぺっ、と吐き出し、職員をじっと見つめた。職員はいったん…

ばかものたち

母の墓参りに行くと、墓石に鼻が生えていた。私たち家族はそれ以降、墓前に供える花の種類に気を付けるようになり、墓参りの時に香水をつけることはなくなった。数か月後、墓参りに行くと、墓石に耳が生えていた。私たち家族はそれ以降、墓参りの時に親戚の…

ノートを見て

僕には友だちがいない。今日も学校が終わり、一人で家に帰り、誰もいない家に荷物を置いて、一人で公園に行き、一人で遊んでいた。ふと足元を見ると、一匹の蟻がいた。踏み潰しちゃおうかな。僕は思った。そして、僕は蟻を踏み潰した。それからしばらくぶら…

風にそよいで

我が家の庭には剃刀の木が生えている。毎年夏になると新鮮な剃刀が何本も枝に生り、風にそよいで揺れる。朝の庭に出てその中から一本もぎ取り、ピカピカの刃を朝日にきらめかせながら髭を剃るのが、ここ数年の僕の夏の愉しみだ。しかしある晩夏の夕暮れ時、…

ツキジゴク

カーテンを開け、夜空を見る。地平線近くに何かが動いている。目をこらすとそれはツキジゴクで、じっと巣の中で月を待ち構えている。月はそれに気付かずどんどん地平線に向かって沈んでいく。そしてとうとう、月がツキジゴクに捕らえられた。ガリッ、という…

お役に立てて

仕事中、取引先と電話をしている時、メモを取ろうとしたら手元にメモ用紙がなかった。隣のデスクの新入社員に、ごめん何かメモできる物あるかな、と訊いた。すると彼女は慌てた様子で一番大きな抽斗を開け、中に入っていた骨壷から手頃な大きさの骨片を取り…

すいませんねえ

昼飯を買いに、近所のパン屋に入った。あんパンがいつもの半額で売られていた。そういえば今日は、パン屋の店主と二番目の妻との間に出来た三人目の娘の命日だったっけ。せっかくなので、あんパンをトレーに載せた。他にいくつかパンを選び、ふと、店内に貼…

ばっ

ある真夜中、もう何か月も真っ暗な部屋で、パソコンを開き、遺書を打っていた。パソコンを開く前は頭の中でうまく文章がまとまらなかったので不安だったが、打ち始めるとすらすら文章が出てきた。これで心置きなく死ねる。数年ぶりに爽快な気分を味わってい…

冗談のつもり

義母の葬儀の前日、葬儀社が、弔意測定器を貸してくれた。明日の参列者の中に何人か怪しい人がいる、と相談したら、それでは、と貸してくれたのだ。動作テストを兼ねて、自分の弔意を測定してみた。ピロピロ。間抜けな音だ。数値を見る。まぁ、義母だから、…

宝石のマーク

夕方のニュース番組を観ていた。天気予報のコーナーが始まった。明日の天気図の、私たちの街に、宝石のマークが出ていた。明日は、私たちの街に、神様が宝石を降らせるらしい。神様に憐れまれているのだ。確かに、この数か月、この街にはろくなことがなかっ…