よく行っているパチンコ屋で、よく見かけるおじさんがいる。冴えない感じのおじさんで、覇気がなく、勝っているところを見たことがない。まあ、そんなおじさんならごろごろいるのだが、彼は他のおじさんたちと少し違っていた。彼は、パチンコの台取りを、首…
我が社は人工のチョウチョを造っている。人工のチョウチョは、厳格な検査をされた後、外の世界に放たれる。チョウチョたちは、世界中のクモの巣や、カマキリの住処を目指して飛んでいく。我が社の人工のチョウチョには、精神安定剤が配合されている。クモや…
男はかつて化学者だった。研究所に所属していたが、この男は、人間嫌いに起因するトラブルで、研究所を追われた。男は汚くて小さい自宅で、研究を始めた。それは、洗剤を開発するための研究だった。その洗剤は、月の模様を消すための洗剤だった。その洗剤を…
亡くなった祖母の遺品を整理していた。写真が貼られたアルバムが出てきた。「あら、懐かしい!」一緒に作業していた母が、アルバムをめくって嬉しそうに叫んだ。若かった頃の祖母や、幼かった頃の母、会ったことのない祖父や曾祖母の写真が貼られていた。そ…
仕事帰りの電車で眠ってしまった。ふと、足の違和感で目が覚めた。見ると、なぜか革靴が両足とも脱げている。無意識のうちに脱いでしまったのだろうか。そうだとしたら相当恥ずかしいな。そんなことを思っていたら、いつの間にかすぐ隣に座っていた品のいい…
古本屋で、知らない詩人の詩集を見つけた。手に取ると、裏表紙に絆創膏が貼られている。そっと絆創膏を剥がしてみる。ガーゼに血が滲んでいた。それで、これはきっと良い詩集なのだろうとわかった。絆創膏の下には小さな傷があった。そこからわずかな血が溢…
夜の繁華街を歩いていた。ペットショップの前を通りかかった。店の中から、一人の、スーツを着たおじさんが出てきた。おじさんは、思い詰めた表情を浮かべていた。何かあったのだろうか。おじさんはペットショップを振り返った。そして、鞄の中から、ネコ耳…
先輩の男性アナウンサーは、殺人事件のニュース原稿を読む前、カメラに映らないところで、にこにこ笑っている。カメラで撮られている間は真面目な表情をきちんと浮かべるので、炎上に発展したことはないのだが、不思議だった。ある時、ニュース番組の収録後…
空を見上げます。雲が浮かんでいます。太陽がよく輝いているから、雲の中を通っている、血管が透けて見えます。きれいです。毛細血管の繊細な美しさは、天使の二の腕を想起させます。そんなもの見たことはありませんが。今日の雲の血管には、素晴らしく赤い…
ホームセンターで愛を買った。少し高かったが、生死兼用の愛を買った。これで、義母を愛せる。これから家に帰った時、義母がどういう状態になっているかに関わらず。
地球が汚れてきたので、神様は地球を洗濯機で洗った。神様は何となくめんどくさかったので、天日干しではなく、乾燥機で地球を乾かした。そのせいで、地球は少し縮んでしまった。少し縮んでしまったので、地球の人間はまた仲が悪くなった。神様はわかってい…
高級住宅街を、配達の仕事で訪れた。小さな段ボール箱を抱えて、長い坂道を登る。暑い夏の日だ。汗をだらだら流しながら、歩く。こんな小さな段ボール箱を運ぶために。大きな段ボール箱よりはいいが。宅配伝票を見る。住所を確かめるためだ。その時、品名の…
テレビをつけた。教育番組が流れていた。動物の生態を紹介する番組だった。今日はカクレクマノミの特集だそうだ。穏やかなナレーションが流れ、海底に沈んだ頭蓋骨が映った。おや。私はそれを見てそう思った。すると、その頭蓋骨の陰から、カクレクマノミが…
仕事帰り、家電量販店に立ち寄った。離婚して一人暮らしになったので、今使っている炊飯器より小さめの物を買おうと思ったのだ。生活家電売り場をぶらぶらと見ていると、フロアの隅で、人間を造る機械が売られていた。ああ、今まで意識したことなかったな。…
冬の夕方、遠くから、スピーカー越しの声が聞こえてくる。「死にた~い、死にた~い」焼き芋屋の屋台のおじさんだ。私はお財布を持って、外へ出る。いつもは「石焼き~芋~」と言っているおじさんが、「死にた~い」と言っている時は、焼き芋が安くなるのだ…
ネズミの死骸を口にくわえたネコが、裏路地を歩いていた。そのネコを、硬そうな棒を握りしめた、市役所の職員が、そっと尾行していた。それでわかった。あのネコは、ネズミ税を払っていないらしい。ネズミ同様に、あのネコも、市役所の職員の手によって、死…
近所の公園に植えられている樹木が、すべて常緑樹に植え替えられました。一年中、綺麗な葉を見ることができます。前々から、残念がっていたのです、私たちは。この公園では、小さな売店で、首吊り縄が売られています。それを園内の樹木で使うことが許可され…
肉屋の店先に、お婆さんがいて、ショーケースの中の肉に、話しかけていた。「モー……モー……」お婆さんはニコニコ笑いながら、そうつぶやいていた。お婆さんの目の前には、牛肉が置かれていた。お婆さんは、牛肉に耳を近づけた。そして、満足そうに何度も頷く…
一日中、布団の中にいて、ぼんやりと目と口を開けている祖母の、様子を見に行く。ばあちゃん。そう声をかけながら、湿った部屋のカーテンを開け、さらに窓を開ける。祖母の反応はない。風が吹き込む。何を考えているのだ、この人は。あの頭の中には、何があ…
夏の公園にいた。真昼である。ベンチに座って缶コーラを飲んでいた。ものすごい勢いで、セミが鳴いていた。ぼんやりと、ぼんやりせざるを得ない暑さの中で、ぼんやりと、それを聞いていた。うるさいな……。すると、ふいに、セミの鳴き声が止んだ。ああ、そう…
夫が浮気したので、殺した。死体をどうするか考えているうちに、お腹が空いてきた。頭を使ったからだ。だから、夫の死体を食べることにした。元々好きな人だったわけだし。夫の死体を食べた。柔らかかった。肥っていたのだ。幸せ肥りだったかもしれない。ふ…
週末の夜の繁華街を歩いていた。夜の店が建ち並び、酔っ払いと酔っていないが同じような男たちが歩き、客引きがわめいている。俺はそれらの店を横目に、とぼとぼと歩いていた。「つまらない店ばかりだ」そう考えていた。もういいや。帰ろう。繁華街を抜けよ…
ウサギに抱かれた。金曜の夜、繁華街を、わざと隙を見せて歩いていたら、一人の男に声をかけられた。良い男だと思ったのでついていった。薄暗いバーで酒を飲み、ホテルに行った。ホテルの部屋で改めて男を見たら、男はウサギだった。ウサギに抱かれたことは…
独房の壁に、指を噛んで出した血で、僕の考えた法律を書き込んでいる。この法律があれば、僕は罪に問われなかったし、あの女の方が死刑になったはずだ。僕は法律を毎日考えているので、法律は毎日少しずつ増えていく。それを読んでいると、安心するし、指の…
首吊り縄の自販機が、裏路地に建っていて、夜になると輝いている。輝いているその人工的な光の中に、首吊り縄が並んでいる。どれも同じ首吊り縄で、どれも、だから当然、同じ値段だ。誰が買うんだろう。でも、これ買いたくなる時、あるよね。そんなことを考…
公園を根城にしているそのホームレスの老人は、イモムシを飼っている。少し特殊なイモムシだ。このイモムシのために、老人は、エロ本を拾ってくる。イモムシの前でエロ本を広げると、イモムシはそのページの上を這い回り、そこに印刷されている裸の女を食い…
男の生首の髭を剃る。ゲームセンターのバイトだからだ。景品が生首のクレーンゲームがあるのだ。生首は重いので、客からたびたびクレームが入っていた。「少しでも軽くしろ」そこで、店長の命令で、俺たちバイトが、クレーンゲームの中に生首を入れる時、髭…
駅の喫煙所に、若い美しい女を連れた、中年の親爺が入ってきた。親爺は女を連れたまま、灰皿の前に立つと、おもむろに、女の左手を手に取り、その薬指を、口でくわえた。何をしているのかと思っていたら、親父は、そのまま、女の長い髪の毛に、火をつけた。…
庭にアリが巣を作った。ホームセンターに駆除薬を買いに行った。色々な薬があった。どれにしようか。ふと、「新発売」という文字が目に入った。革の模様が印刷された小さな箱だった。手に取る。「革命を起こします。」そう印刷されていた。何かの比喩だろう…
工場の夜勤明け、ボロアパートに帰り、ベランダで煙草を吸っていた。夏の朝だ。暑くなりそうな陽ざしだ。俺は煙草の煙を思い切り吐き出した。辺りにまき散らすように。というのも、ここ最近、このボロアパートは、臭いのだ。何の臭いかわからないが、臭いの…