超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2013-01-01から1年間の記事一覧

『zine展4』に参加します。

2014年1月9日(木)~21日(火)にギャラリー・銀座モダンアート様で開催される『zine展4』に出品します。これまで当サイトで発表した作品の一部を小冊子にまとめて販売する予定です。

ヴィーナスとダッチワイフ

ミロのヴィーナスは、ダッチワイフとレストランで食事したがらない。 ダッチワイフがパンにバターを塗るとき、それから給仕にチップを渡すとき、熟れて落ちた海底の両腕を思い出すからだ。 ダッチワイフが息を吐くたびに、石鹸の匂いがするのも気にくわない…

夜と鏡

夜、ふいに目が覚めた。 妹の夢を見た。幼い頃に死に別れた妹の夢を見た。もう長い間忘れていたのに、突然そんな夢を見た。 引き出しを開け、奥からアルバムを取り出す。幼い頃の妹と私が並んでにこにこ笑っている。写真を手に取り、眺めているうち、急に涙…

夜と指

夜、いつもの薬を飲んでベッドに入る。傍らにはお母さんがいて、僕が眠るまで編み物をしている。お母さんの横には小さなランプが灯っていて、部屋の白い壁には、僕とお母さんの影がゆったり映っている。 僕はお母さんの指先を見つめている。お母さんの指は細…

夜と舟

夜中、小腹が空いたのでコンビニに行くと、駐車場の隅に小さな舟が停まっていた。ボートのような立派なものではなく、昔話に出てくる漁師が乗っているような木製の舟だ。見ると、今しがた海から上がったばかりといった風で、中には縄や木片、貝の殻なんかが…

象と歯車

動物園で働く姉が、仕事中の事故で死んだ。姉は高校を出てからずっと、象の中の仕事をしていた。 園長の話によると、今日は象の機嫌が悪かったらしい。気づいたときには象も姉もバラバラで、打つ手は何も無かったらしい。 姉が死んだ現場を見せてもらったら…

栄養と卵

(夜の病室。カーテンで区切られ、整然と並んだベッドに、それぞれ患者が寝息を立てている。部屋の端で眠っている老いた女。すぐ傍の窓はブラインドが閉じられ、月明かりがわずかに差し込んでいる。老いた女がふと目を覚ます。ゆっくり目を開けると、病室に…

傷と別れ

恋人と夜道を歩いていたら、暴漢に首を刺されてしまった。一瞬の出来事で、うまく反応することもできないまま、とにかく痛みと驚きで全身の力が抜け、そのまま道に倒れてしまった。 おそるおそる首に手をやると、ぱっくり開いた傷口から止めどなく血が吹き出…

ワニと果実

職場の旅行で何か森のような場所へ行ったとき、川で遊んでいた同僚の女の子が、そこにいたワニに飲み込まれてしまった。 上司と話し合った結果、もう助からないだろうと話がまとまり、ワニごと火葬することにした。 そうなるとこのワニが憎くて仕方ない。近…

月と針

図書館の奥で、古い時代の月の写真を見つけた。あまりに無防備で驚いた。 その日の夜、久しぶりに窓を開けて月を眺めた。至るところに注射器が刺さっている。私の知っている月だ。 図書館で見た写真が信じられない。試しに、空想の中で注射器を抜いてみたが…

雲と林檎

授業中、教室の窓からふと夏空を見上げると、まっすぐな飛行機雲に、知らない学校の制服を着た女の子が腰かけていた。 膝の上に載せたガラス皿から林檎をつまみながら、ぼんやりと遠くを眺めていた。 昼休み、学校の屋上に行き、他のみんなに気づかれないよ…

うなじの棘とありさの蛇

ありさと風呂に入っているとき、うなじに大きな大きな棘が刺さっているのを見つけたので、これは何かと尋ねたら、ありさは「栞」だと答えた。 「抜いてもいい」と言うので抜いてみると、棘より一回り小さな穴が開いていて、奥行きは深いのか浅いのかいまいち…

指とピストル

窓を開け放していたら、どこからか風船にくくりつけられて、女の部品が送られてきた。最初は手の指だけだったが、十本揃ってからは、へそや瞳や赤い頬も届いた。 しかし肝心の組み立て方がわからない。かといってそこらに放っておくのも何なので、送られてき…

水と自惚れ

部屋の中には、小さな水槽と、猫の寝床と、あとは机や本棚や、そういう簡素な家具が寂しく置かれている。家人は若い痩せた女で、飼い猫は丸々と肥った灰色の猫である。 水槽では尾のひらひらした割合に立派な魚が何匹も泳いでいて、底には白い砂が敷き詰めら…

兎雲と雨

今日は、新しいお母さんがやってくる日なのだが、朝から待っているのに、足音も聞こえてこない。もう待ちくたびれた。スケッチブックに新しいお母さんの顔をいくつも描いてみる。どれもしっくり来ない。 台所の方から、換気扇が回る音が聞こえてくる。お父さ…

泡と渦

風呂場のガラス扉を開けると、上から下まで石鹸の泡にすっぽり包まれた誰かが突っ立っていた。少し驚いたが、それより急いでシャワーを浴びたかったので、構っている暇もなかった。 それでひとまずシャワーを全開にして、そいつの泡を流すと、泡に包まれた本…

電球と廊下(クライベイビークライ)

廊下の電気がちかちかしているので、ふと見上げると、吊り下げられた電球が、去年死んだ子の目になっていた。埃を被った傘の下から、じっと私の顔を眺めている。ちかちかするのは、どうやらまばたきのせいらしい。 しばらく見つめあっていたが、そのうち何と…

蟹とドレス

川辺の道を歩いていたら、白くて小さい蟹を見つけた。何となく拾い上げてみたら、甲羅は薄く柔らかかった。 掌に乗せて持ち上げて、沈む夕陽に透かしてみると、蟹は短い手足をばたつかせ、川のにおいを撒き散らした。私の家では熱帯魚を飼っているので、連れ…

記憶と掌

夢の中によく喋る小鳥が現れた日は、朝目覚めると決まって、指先が少し消えている。アラームをセットした携帯が止められなかったり、カーテンが閉められなかったり、指先が消えると地味に不便だし、何より放っておくとどんどん消えていってしまうのが困るの…

雨と毒蛙

私の住んでいるアパートの共同トイレには、毒蛙の幽霊が出る。昼夜問わず窓枠に陣取り、怒ったように頬を膨らませている。誰かに踏まれて死んだのか、背中には靴底の跡らしきものが残り、口からはちょっと内臓らしきものが飛び出ている。悪さをするわけでは…

羽と覗き穴

自販機で蝶が売られていた。大きいのから小さいのまで、一つ一つ色とりどりの風船に閉じ込められて、ずらりと並べられている。一番安い、くすんだ貝殻のような色をした蝶を買って、部屋に帰った。 風船を針でつついて蝶を放す。しばらく部屋の中をゆらゆら飛…

桃と骨

「急患です」という叫び声と、インターホンを激しく連打する音で、夜中に叩き起こされた。 慌ててパジャマの上に白衣を羽織り、ねぼけた足で診察室に行くと、いきなり腐ったような甘いにおいが鼻をついた。見ると丸椅子の上に、桃が一つ置かれている。待合室…

青い羽根とささやかな欲望

たくさんの鳩がかたまって、男のようなかたちになったものと、イメクラの待合室でいっしょになった。週刊誌を読むふりをして観察していると、鳩がかたまって男のようなかたちになったものは、ペラペラの安い生地で出来たセーラー服を、きちんと折りたたんで…

月と猫

病院のベッドから窓の外を見ると、空に立派な三日月と、三日月にしがみつく黒い大猫の姿が見えた。猫はふさふさした前足で必死に三日月の端を掴み、ずり落ちないように踏ん張っていて、夜空に投げ出された後ろ足は、じたばたとむなしく空を切っている。目を…

唇とオレンジ

誰も読まないお話をずっと書いている。 今日は頭が砂時計になってしまった男のお話を書いた。男は恋人にふられたりとか、仕事を失ったりとか、色々あって飛び降り自殺するのだが、マンションの屋上から飛び降りたときに、初めて自分の砂が引っくり返る音を聞…

蜂と月

飲みすぎた帰り道に、立ち寄った公園のベンチで横になって、大きな満月を眺めながら涼んでいたら、ガサガサした足音が近づいてきたので、ふと見ると、小さな蜂が足元をぐるぐる這っていた。 無視していると、低い声で「肉のにおいがしますね」と話しかけてく…

自販機とつよい子

薄暗い路地の一角にある、「つよい子」というラベルの貼られた自販機の前で、母さんが目に涙をいっぱいに溜めてじっと佇んでいる。 真新しい丸いボタンの上のガラス窓の向こうには白い霧が満ちていて、その中で、黒い、小さな影たちが蠢いている。影は四方に…

照準と茶碗

まだ幼かった頃、二つ上の兄貴がご飯を食べていたお茶碗にはファンシーなライオンのイラストが、僕がご飯を食べていたお茶碗にはポップな車のイラストがそれぞれ描かれていた。 ある日の夕飯の時間、兄貴が何でもない話をしながらしきりに僕の手元をちらちら…

画鋲と夏空

部活のとちゅうで腹が痛くなり、もう何十分も学校のトイレにこもっている。隅の個室にいるので、ふと見上げた窓から一面の夏空が見えて、それで少しは気が紛れるかと思ったが、腹はどんどん痛くなる一方だった。 脂汗が額に浮かぶ。祈るような気持ちで、とい…

闇と根

くたくたに疲れたが、得るものは何もなかった会社からの帰り道、夜道を歩いていたら、とつぜん胸が苦しくなった。シャツをはだけると、胸の肉がおおきな花びらの形に盛り上がっていた。指先を見ると柔らかい芽や、幼い果実が萌えていて、喉の奥からは良い香…