超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

成長期

ある晴れた日の昼下がり、どこまでも続く一本道を、一台のオンボロ自動車が走っている。車には中年の男女が乗っている。運転席にいる男はまっすぐ前を見つめている。助手席に座っている女は手に持った花束の匂いをしきりに嗅いでいる。やがて前方に案内標識…

増量キャンペーン

ある日の夕暮れ時テレビを観ていたら、夕日を管理している会社のCMが流れた。明日から一か月間影増量キャンペーン。タレントの女が叫んでいた。翌日の夕暮れ時、外に出て自分の影を見てみると、頭の上に一輪の花が生えていた。もちろん実際に頭の上に花が生…

色々ある

夏祭り、浴衣を着た老若男女が行き交っている。様々な屋台が軒を連ねている。その屋台の中に、のれんに《蘇生》と書かれた屋台がある。店主の中年男は両手にクリームを擦り込みながら客を待っている。人込みの中を、少年の死体を背負った浴衣の少女が歩いて…

カタカタ

深夜、ボロアパートの一室で、一人の中年男が、パソコンで遺書を打ち込んでいる。カタカタ、カタカタ、とキーボードを叩く音が響いている。どこかで犬が吠えている。男の表情は晴れ晴れとしている。やがて遺書が完成する。男は最後の煙草に火をつけ、それを…

髭/髭

少年は家で一人、窓の外を見ていた。冬の夜である。雪が降っていた。地面に落ちては解けていく雪を見ているうち、少年は無性に寂しくなった。少年は仏間に行った。そこには仏壇があり、少年の父親の遺影が飾られていた。遺影の父親は若々しく髭は一本もなく…

甘/甘

いつも朝の通勤電車の同じ車両に乗り合わせる美人のお姉さんは、額に《無糖》と表示されている。凛々しい顔や立ち居振る舞いを見て、確かに甘くなさそうなお姉さんだ、と納得していた。ある夜、帰りの電車に乗るために駅に行くと、そのお姉さんが駅前広場に…

華やかな家

飼い犬の吠え癖が治らない。だから動物病院で手術をしてもらった。飼い犬が吠えるたびに、吠え声のかわりに、飼い犬の口から色とりどりの風船が飛び出すようになった。吠え癖はそのままだったが家じゅうが風船だらけになって華やかになった。よかったと家族…

なりますの

ある夏の日、ホームセンターに品のいい婦人がやってきて、殺虫剤をレジに置き、店員に言った。プレゼント用のラッピングをお願いいたします。店員が言った。どなたにプレゼントされますか。息子です。店員が殺虫剤を、男の子向けの包装紙で包んでいる時、婦…

悲しいのを一つ

高級寿司店で、身なりのいい紳士が、板前に注文する。悲しいのを一つもらおうかな。板前が静かに答える。あいよ。やがて紳士の前に一貫の寿司が出される。シャリの上に、古いデジカメから取り出したメモリーカードが載せられている。今朝ゴミ処理場で獲れた…

夜の駅で客待ちをしていたタクシーに、一人の中年男が乗ってくる。男は若い運転手に行き先を告げる。行き先は産婦人科医院である。タクシーは走り出す。車内は静かだ。男は運転手に、ラジオつけてください、と言う。運転手がラジオをつける。ニュース番組が…

要求

ドラッグストアの育毛剤売り場に、毎夜、中年男性の幽霊が現れる。幽霊の頭部は禿げている。そして育毛剤を恨めし気な目で見ている。それだけなので、実害はないが気味が悪い。ある日、その噂を聞きつけた霊能者がドラッグストアに現れる。私にお任せを。店…

能力

俺が住んでいるボロアパートの隣におばさんが引っ越してきた。一人暮らしらしい。そのおばさんが引っ越してきてから、アパートの周りで蝶を見かけることが多くなった。始めは気にしていなかったが、冬の雪の日に蝶を見た時はぎょっとした。ある夜ベランダで…

その涙が

そのパチンコ店には、喪服や線香や数珠が、景品として置かれていた。そのパチンコ店には毎日、身内や友人が死んだ人たちが列をなして、景品の喪服や線香や数珠を獲得するために、パチンコに興じていた。パチンコに勝たないと、彼らは身内や友人を弔うことが…

猿の明日

休日の動物園は来園者で賑わっていた。それぞれの檻の中で動物たちは気ままに動き回り、穏やかな日の光を浴びて背中のファスナーがきらめいていた。猿山に親子がいた。親子は猿たちを見ていた。猿たちは背中のファスナーの金具を揺らしながら、バナナを頬張…

ノイズ

夏の夜、テレビを観ていたら、部屋に羽音が聞こえた。蚊かな。辺りを見回すと、何かが飛んでいた。蚊に見える。でも、少し違うような気もする。よく見るとお尻に針のような物がある。何だこれ。その虫はしばらく辺りを飛び回った後、テレビ画面にぴたっとと…

夏の終わり

夏の終わり、スーパーマーケットで日雇いのバイトをした。《誰にでも出来る簡単なお仕事です!履歴書不要!詳細は面接にて!》実際にスーパーに行って店長に話を聞くと、果物売場のスイカを撫でてやるという仕事だった。何でそんなことを。夏の終わりが近づ…

ちちち

深夜、残業帰り、コンビニで、ちょっと高いお金を出して、青空の端っこを買った。自分への誕生日プレゼントだった。今日が自分の誕生日だということもさっき思い出したのだが。家に帰って、煙草のヤニで汚れた天井の真ん中に、青空の端っこを広げた。少し部…

星の数ほど

会社の昼休み、独身の先輩が、可愛い弁当箱を取り出した。可愛い弁当箱っすね。俺が話しかけると先輩は、照れくさそうに蓋を開けた。彼女でもできたんすか。と言いながら中を覗くと、弁当箱の中には生のトマトが一個入っているだけだった。俺こいつと結婚し…

愛さないで

道端の段ボール箱に子猫が捨てられている。箱には「愛さないで」と書かれている。一人の男が通りかかり子猫に気づく。男は子猫を撫でている時、その文字に気づく。男は首をひねる。男は子猫をアパートに連れ帰る。男は子猫を愛するようになる。子猫はすくす…

蝉の声

夏の日の朝、町内を、スピーカーを搭載した軽トラが走っている。スピーカーからは声がする。本日は蝉はお休みです。その声を、小さなアパートの小さなシンクで林檎の皮を剥きながら聞いていた女が、背後で布団に寝転んでいる男に向かって言った。今日は蝉休…

生配信の林檎

今日も学校を休んで、ベッドに横になり、お母さんが切ってくれた林檎を食べながら、スマホで動画を観ていた。すると、私がブックマークしている、雲のトリマーのお姉さんが、生配信を始めた。今日はそのお姉さんが、ちょうど私の町の上空に浮かんでいる雲を…

祈りの時間

夕方、テレビをつけるとニュース番組が流れている。天気図が表示される。太陽のマークが並ぶ中に混じって、ドクロのマークが表示されている。気象予報士が言う。ドクロのマークの地域の方はがんばってください。男性アナウンサーが言う。かわいそうですね。…

旅の始まり

その僧は日々、修行に励み、悟りを得ようと頑張っていた。修行を始めた時少年だった彼は、今やすっかり老人になっていた。ある日、彼は夢を見た。まぶしく光り輝く一人の人物が、彼の頭を優しく撫でるという夢だった。目覚めた時、彼は多幸感に包まれていた…

その画家は害虫駆除業者に雇われている。彼の絵は害虫を惹きつける何かがあるらしく、彼の絵を展示する画廊はいつも、害虫の発生に頭を悩ませていた。そこである画廊の主が、同級生の害虫駆除業者に彼を紹介した。そしてこの業者から、彼の絵を、依頼を受け…

観覧車の感想

死んだ弟を連れて、遊園地に行っていた父親が、帰ってきて僕に言った。観覧車ではつまらなそうな顔をしていたなあ。それで僕は、弟がふだん天国で暮らしていることを知った。

ずっと後悔してる

男が古本屋で本を物色している。男は一冊の詩集を見つける。知らない詩人だ。男はそれをパラパラめくる。なかなか良さそうな詩集だ。男はそれを持ったまま、他の本を物色し始める。そこへ一匹の蝿が飛んでくる。そして男の持っている詩集の周りを飛び始める…

それぞれの仕事

中年男が夜中、一人オフィスで、残業をしている。仕事はまだまだ終わりそうにない。もうこんな夜が何日も続いている。中年男はため息をつき、給湯室でコーヒーを淹れようと立ち上がる。その時、オフィスの入口に白い人影を見つける。それはピエロである。後…

気のせいさ

夜のレストランで、老夫婦が向かい合ってワインを飲んでいる。そこへウェイターが皿を運んでくる。こちら今日獲れたばかりのものになります。老夫婦の前に並べられた二枚の皿には「遺書」と書かれた封筒がそれぞれ一つずつ載っている。ごゆっくり。ウェイタ…

生活と願い

スーパーマーケットから、買い物袋を持ったおばさんが出てくる。買い物袋は安売りの野菜や総菜でパンパンに膨らんでいる。おばさんは自転車置き場に行き、その袋を自転車の前かごに詰めて走り出す。おばさんはしばらく自転車を走らせ、ある小さなさびれた神…

もきゅもきゅ

父母の墓参りに行った。広い墓地に墓石が立ち並んでいた。その墓石の中にもぞもぞと動いているものがあった。ハカイシモドキだった。まだ小さいから、子どもらしい。この墓地の近くに巣があるのだろう。私は父母の墓前に行き、花とお菓子を供え、線香に火を…