超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

プール

ぼく、ばくだんだから、プールはいれないの。

女王蟻

コンサートホールの客席を埋め尽くす、着飾った女王蟻たちを前に、オーケストラの面々は指揮者の合図で、一斉に砂糖菓子を噛み砕いた。

臭い

この臭いは、太陽に積もった埃が焼ける臭いだよ。久しぶりだからねぇ。

部屋

我が家では基本的に、壁に鼻が彫られたあの部屋でしかおならができない。

ベランダに出ると、床に乳歯が落ちていた。またどこかの子どもが投げ入れたらしい。健やかな成長は喜ばしいが、なぜこの町の子どもはみんな、抜けた歯を我が家のベランダに投げ込むのだろう。曾祖母の代からそうで、最近では歯医者のパンフレットにも載って…

別売

先生からお話があったと思いますが、我々の場合、「死」は別売になっておりますが、いかがいたしますか。

シロップ

夏の昼下がり、肥満児の××君が、手にかき氷のシロップを持って、入道雲に向かってまっすぐ歩いていくのを見た。何か、かっこよかった。

後輩

亡くなった父の後輩だったピエロたちが火葬場にやってきて、泣きながら父の骨でジャグリングを始めたのを、どういう気持ちで眺めたらいいかわからない。

すごい女の子

「すごい女の子がいますよ」客引きにそう声をかけられついていくと、質素な店のドアの向こうは真っ暗で何も見えない。どんな女だろう。胸をドキドキさせていると、「危ないんで、これ」客引きは俺にヘルメットを手渡してきた。

鼠の足音がうるさいので、天井裏に殺鼠剤を撒いたところ、その日の夜、天井から、何者かがゲラゲラ笑いながらじゃんけんをしている声が聞こえてくる。

夕方、点滴を抱えた一匹の蛙が、田んぼの群れの中へ消えていくのを見た。「あいつ、今日で最後なんだよ」じいちゃんが言った。ぼくらは二人で耳を澄ませた。鳴り響く蛙たちの声を聴いてじいちゃんは涙を拭っていたが、ぼくにはどれがどれだかわからなかった。

我が校の給食室の棚には「愛」とラベルの貼られた黒い壷があって、中には透明のどろどろした何かが入っており、それを先生の分の給食に混ぜるのが決まりになっている。「昔は子どもたちの方に混ぜてたのよ」上司のおばさんは複雑そうな顔で言う。

留守番をしていたらインターフォンが鳴った。出てみると、白いおばさんがいて、「替えませんか」発泡スチロールの箱に入れられた脳味噌を見せてきた。「お母さんがいないので」と答えると、おばさんは「そうですか」と帰っていった。お母さんにはおばさんの…

金魚すくい

お嬢ちゃん、金魚すくいやってかない。うちのはすくいやすいよ。全部死んでるから。さっき俺全部殺したの。ね、お嬢ちゃん……。

数字

レジの店員がバーコードを読み取るたびに、値段とは違う数字を読み上げるので、「何の数字ですか?」と訊くと彼女は「致死量です」と微笑んで答えた。

禁止

ほら、見て、この看板。俺が禁止になってる。そう、俺が禁止なんだ。とりあえず、そうだな、君だ、君になろう。というわけで、少しかじらせてもらっていいかな、君?

「他の子を好きになってね」そう言って彼女のお母さんは、ぼくにお清めの塩を振りかけた。

七人

「今年は七人までですよぉ、七人以上は死にきれませんよぉ」と、自殺の名所の近くの茶店で、婆さんが声を張り上げている。

足跡

朝起きると、窓の外から枕元のスマホに向かって、泥のついた足跡が点々と残されており、スマホを見ると、実家の父から「今朝電話してきた女性は誰だ?」というメールが届いている。

ほかほか

コンビニの店員が中華まんの蒸し器の扉を開けるたびに、中からほかほかのおじさんがにゅっと顔だけ出して辺りを見回すのを、防犯カメラだけが見ていた。

ランドセル

影を売って、娘のランドセルを買った。夕暮れ時、娘と手をつないで帰る。地面を見ると、寂しいので、私も娘も、夕日を見ていた。

料理番組

画面下に「※食べられません」というテロップがずーっと表示されている料理番組。次々と何かを作り上げながら、「食べられたらいいですね」「本当に」とつぶやき合う、料理人とアシスタント。真夜中の、五分番組。

シミ

これはシミじゃないよ。だから洗剤じゃ落ちないよ。シミじゃなければ何なのか、ということについてはぼくも知らないんだ。上司が言うには、ここに昔赤ん坊が捨てられていたそうだけど、それ以上は上司も知らないらしい。

おじいさん

いつも同じ場所に立って笑っているおじいさんが、突っ込んできた車にはねられるのを見た。おじいさんの足の裏には根が生えていて、ぶちぶち、と音がした。「あああ……」おじいさんは地面に倒れると同時に木になった。車の中では二人のおじさんがハイタッチを…

豊作

今年は感嘆符が豊作なので、みんな声がでかい。

福耳

じいちゃんの葬儀の最中、音信不通だった叔父さんが現れて、棺の中のじいちゃんの遺体から、じいちゃんの福耳を削いでポケットに突っ込んだ。「今度のレースは当てなきゃいけねぇから」叔父さんはそれだけ言って斎場を後にした。

その虫は夜中に墓石を傷つけておけば、翌朝にはそこにびっしり集まっている。

満員

満員の乗客が降り去った後の車両に、車掌が胃薬を撒いていた。

握手

我が家に犬がやってきた。捨て犬を拾ってきたのだ。「名前を決めなきゃ」はしゃぐぼくらを見ていた祖父が立ち上がり、「これからよろしく」と犬に手を差し出すと、犬の口の中からたくましい手首がにゅっと出てきて、祖父と固い握手を交わした。

その子の名は、現地の言葉で「非常食」を意味するのだという。