超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2013-01-01から1年間の記事一覧

モザイクと猫

学校から帰ってきた息子の顔に、モザイクがかかっていた。クラスで何かあったのかもしれない。ピンセットと消毒液で湿らせた綿棒をつかって一つ一つモザイクを剥がし、さりげなく事情を聞こうとしたが、剥がし終わらないうちからペラペラ喋るもんだから、言…

赤い心臓と擬態する蝶

木の葉に擬態する蝶の仲間が私の胸にはりついて、私の胸のふりをしている。 今朝起きたら、背中に鋭い痛みが走った。体をひねって鏡を見ると、背中に大きな傷があり、そこから蜜がしみ出ていた。蝶はきっとこの蜜に誘われてやってきたのだと思う。蜜は少し川…

姫と王子

コンビニの棚でお姫様が眠っていた。 実際どういう素性のやつかなんて知らないが、見た目はもう「お姫様」としかいいようのない女で、枕元にはごていねいにかじりかけの林檎まで転がっている。昨日までこの棚にひしめいていたポテトチップスやチョコレートは…

窓と盗まれた赤ん坊

ラジオをつけた。日付が変わる頃、口紅のCMが流れて、ニュース番組が始まるのだ。 彼は文庫本を読みながら、病院から赤ん坊が盗まれたというニュースを聞いた。聞いているうちに、どういうわけか彼は、むしょうに不安になってきた。子供どころか妻もいないの…

橋ともこもこ

夜に、古い橋の上で電話をかけていた。電話の相手は最近知り合った女の子だった。もう何時間話しているかわからない。受話器から伸びた長いコードが、へたへたと橋の上でくたびれている。 橋の下を、用水路がざざあざざあと流れていた。闇の中から立ちのぼっ…

濡れた足跡と『ラストダンスは私に』

濡れた足で歩く病院の床は、ぺたぺたんとかわいい音がした。僕の体から、水のにおいがした。部屋は蛍光灯の光で満たされていた。時々雨を含んだ風が、ガラス窓をカタカタと揺らした。 部屋の中央には白いベッドがそびえていた。柔らかい指を使ってよじのぼる…

更衣室とカンガルー

一時間目がプールだったので、更衣室に向かった。早く着きすぎて僕しかいなかった。 着替えていたら、隣の女子更衣室がざわざわしてきた。女子が来て着替えているらしい。男子はどうしたのかと思いながら水着に足を通したところで、更衣室の壁に、小さな穴が…

蛸と毛

放課後、誰もいなくなった体育館で一人、部活の後片づけをしているとき、ボールや跳び箱がしまわれている倉庫の隅に、蛸がいるのに気がついた。変な音がするなと思ったら蛸だった。天井や壁には這った跡らしいぬるぬると光る線が残っていた。 蛸のいる辺りの…

紅葉の栞と象の小屋

毎日夕方になると、近所の通りを、白い象がのしのしと歩いてくる。象は派手な化粧をして、棒キャンディーをくわえている。首にはきれいな女の人の写真が何枚もぶら下がっている。 象を引いているのはよぼよぼのおじいさんで、象の背中に乗っているのは血色の…

耳と晩餐

橋の上で耳を拾った。小ぶりで形の良い耳だった。ポケットに余裕があったので持ち帰ることにした。 家に帰り、こんなに形の良い耳だから何に使おうか迷いつつ、手のひらに置いて眺めていると、ちょっと傾けたときに、耳の穴から何か、白っぽい糸のようなもの…

廊下の闇と指の傷

赤の絵の具が余ったので、指にいたずら描きをした。小さな切り傷から、血を一筋垂らしてみる。なかなかの出来映えだと思ったが、明るい蛍光灯の下で見るとやはりただの絵だ。 眺めていると、ふいに部屋の電気が消えた。廊下に足音が響き、ドアの外から父の声…

マドと妹

妹は窓のない部屋で生まれ、窓のない部屋で育ったので、私は壁に鉛筆で、せめてマドを描いた。 マドの外には野原があり、その先に丘があり、その先には見えないが美しい町があった。空には太陽が輝き、お菓子のような雲が浮かんでいた。 しかしある日妹は、…

卵と切り取り線

妻が産んだ卵にはあらかじめ切り取り線が入っていた。 取り上げた医者は唇をしきりに舐めていた。看護婦は目の端をぴくぴくさせていた。 私と妻はずっと黙っていた。退院の日まで、ずっと黙っていた。 退院の日は快晴だった。他のうちの卵が次々とふ化してい…

靴としっぽ

出かける時間だったので玄関に行くと、昨日の晩に並べておいたお気に入りの靴が、何かのしっぽを踏んでいた。ふさふさした毛並みのしっぽで、まだらな模様がついている。妙に触りたくなるしっぽだった。靴をどかすとぴくりと動いた。 しっぽを辿っていくとド…

蜂とバクダン

① ベランダに蜂の巣ができてしまった。すぐにでも取り除いてしまいたかったけれど、刺されるのが怖かったし、この間までいっしょに住んでいた頼りになる男は病気で死んでしまったから、どうすることもできなかった。 ② 仕方なくそのままにして家を出た。 コ…

虹色の花と屋上の月

管理しているマンションの屋上に、虹色の花が咲いた。 はじめは人差し指くらいの大きさだったが、朝見るたびに背が伸びていた。どうやら夜の間に月明かりを吸って大きくなるらしかった。珍しいので鉢に移そうかとも思ったが、勝手に大きくなるので育てがいが…

奥田さんと背中の文字

① 小学校の時に、同じクラスに奥田さんという女の子がいた。奥田さんは、暗く、引っ込み思案だった私にとって唯一の友人と呼べるクラスメイトで、活発で頭も良く、クラスの人気者だった。そんな子がどうして私と仲良くしていたのかはわからないが、私は奥田…

走る男と走った男

考え事をしながら町を歩いていると、バスとすれ違った。 天井がやたら高いバスで、水の上を滑るように、夕景の中を音もなく走っていた。 窓から見える座席には、土の塊が乗っていた。どれも元は人間だったらしいことが、あちこちからはみ出しているメガネや…

影と歪み

駅前の大通りを、犬を連れて歩いているとき、遠くの方で女の手が私に向かって手招きしているのが見えた。 不思議に思い近づいていくのだが、女の手はどんどん先に行ってしまう。手招きするくらいなら待っていてくれてもよさそうなものだと思った。 ふと気づ…

トゲと鯨

カーテンを開けると、空が赤黒かった。寝ぼけているのかと思い、目をこすったが、やっぱり赤黒い。テレビを点けてみると、僕が眠っている間に、僕の町が丸ごと鯨に飲み込まれてしまったというニュースが流れていた。赤黒く見えているのは、鯨の胃の壁らしい…

目覚めと蜂

目覚めると、隣に蜂が寝ていた。 美しい蜂だった。おはようと声をかけたが、もう死んでいた。 カーテンの向こうで日が昇り、蜂の影が急に濃くなった。 起き上がり、カーテンを開け、窓の外を見た。雲がゆっくり流れていた。窓に映った私の胸には、小さな穴が…

蛾と爪

クラスメートのスカートの中が見られるというので、通りの奥にある劇場へ足を運んだ。 入り口の暖簾をめくり中を覗くと、円形のステージが組んであり、花柄のマットが敷かれていて、その周りをぐるりと観客が取り囲んでいた。観客の中には、私の友人や教師の…

鍋と歯

朝早く目が覚めたので近所を散歩していると、ごみ捨て場に鍋が落ちていた。見たところまだ綺麗で、手に取ってみると大きすぎず小さすぎず、一人暮らしの私にはぴったりのサイズだった。底の方に小さな傷がついているものの、ほとんど新品のようだ。 さっそく…

あぶくと長い長い夜

眠れない夜に、天井を眺めながら、部屋が柔らかい液体で満たされるイメージを浮かべる。その底に寝転んで、私の鼻から出るあぶくを見つめていると、安心していつの間にか寝てしまっている。私の幼い頃からの癖というか、おまじないの一種みたいなものだ。 嫌…

アンテナと少年

中学1年のとき、私のクラスに転校生がやってきた。朴訥としたうすらでかい少年で、頭のてっぺんからアンテナのようなものが生えていた。彼はときどき授業中に教師に呼び出され、校庭の真ん中に立たされていた。確証はないが、彼の周りで校長や知らない大人が…

骨とバット

ある日道端で骨を拾った。漫画に出てくるような太くて真っ直ぐな骨で、野球のバットのかわりに使えそうな立派なものだった。 僕は少年野球のチームに所属しているが、家が貧乏なのでバットはいつも監督から貸してもらっている。それでいじめられたりしたこと…

スープと芽

今朝早く妹から電話があって、結婚式が来月に決まったから予定を空けておいてくれという知らせだった。私は曖昧な返事をしながら庭に目をやった。 蜜柑の木の前に、土の色が違う場所があって、そこには先月死んだ娘が埋められている。私が埋めたのだが、他人…

お面と電柱

封筒を開けるとお面が入っていた。お面の顔は私に似ていて、というよりも私そのもので、私がこのお面をかぶってもあまり意味がないように思われた。ちょうど午後から、祖母の家に鶏肉を貰いに行く用事があったので、そのついでに電柱のでっぱりにお面を吊る…

月と煙草

いきさつはもうすっかり忘れてしまったが、少年の頃、夜中に家出をしたことがある。 行くあてもなくふらふらと街を歩き回った挙句、疲れて土手に座り込んでいると、ふと頭上に大きな月が昇っているのが見えたので、正直に告白してしまうと、そのとき私はやけ…

駅と口笛

朝の満員電車に揺られているとき、不意に胸に何か違和感を感じてそっと手を当ててみたら、ピクリとも動かなかった。心臓が止まってしまったようだ。なぜかほっとして窓の外を見ると、まだ一月だというのに馬鹿でかい入道雲が空の真ん中でふんぞり返っていた…