超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

スープと芽


 今朝早く妹から電話があって、結婚式が来月に決まったから予定を空けておいてくれという知らせだった。私は曖昧な返事をしながら庭に目をやった。
 蜜柑の木の前に、土の色が違う場所があって、そこには先月死んだ娘が埋められている。私が埋めたのだが、他人事としか思えない。あそこに埋まっているのは本当に私の娘なのだろうか。
 結婚式に出るとなると、娘も連れていかなければならない。久しぶりに孫に会うのを楽しみにしている両親には何と説明すればいいのだろう。妹には? 親戚には?
 鬱々とした気分を抱えながら庭に出てみると、娘が埋まっている場所から、小さな芽が生えていた。いつの間に生えたのだろうか。ちょっとつまんでみるとぷちっと軽やかな音を立ててちぎれてしまった。
 指に挟まれて萎れていく芽を見ているうち、背中がぞわぞわしてきて、何だかとんでもないことをしてしまったという気持ちになり、誰にも見られないうちに、一刻も早く芽を処分しなければ、と思った。咄嗟に、昨晩作り置きしておいたスープのことが頭に浮かび、慌てて台所に行って鍋の中に放り込んでしまった。しばらく火にかけたあと、皿に盛るのももどかしかったので、おたまで直接芽をすくって、スープと一緒に飲んでしまった。
 飲みながら私がどんな顔をしていたのかはわからない。私の家には鏡がないのだ。泣いていたのかもしれないし、笑っていたのかもしれない。芽を噛み砕くのに一所懸命で、そのときの感情なんてもうぜんぜん覚えていない。