超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

マドと妹

 妹は窓のない部屋で生まれ、窓のない部屋で育ったので、私は壁に鉛筆で、せめてマドを描いた。
 マドの外には野原があり、その先に丘があり、その先には見えないが美しい町があった。空には太陽が輝き、お菓子のような雲が浮かんでいた。
 しかしある日妹は、マドの空を真っ黒に塗りつぶしてしまった。今にも雨が降ってきそうだった。野原は影に覆われていた。
 私は何だかよくわからなかったが、妹の好きにさせてやることにした。だって妹は生まれたときから何も話さなかった。ときどき弱々しい咳をして、あとは一日じゅう眠っているだけだった。寝顔が死んだ人みたいだと思った。だから好きにさせてやることにした。父と母はその頃、怒ったり泣いたり忙しそうだった。

 妹は私と一言も話さないうちに病院に運ばれて、一番奥の窓のない部屋に閉じこめられてしまった。父と母は何もしなくなった。私は妹の部屋に、またマドを描くべきか迷ったが、妹の周りは嫌な音を立てる機械に埋もれていて、どのみち壁まで辿りつけそうになかった。

 ある晩私はエビフライを食べた。食べ終わって片づけをしているとき、食器を浸けておく桶の中に、エビフライの尻尾を落としてしまった。
 妹はエビフライの尻尾を食べるタイプなのだろうか。食べるタイプだとしたら、もったいないことをしてしまった。空の茶碗で、エビフライの尻尾を金魚すくいのように追いかけていると、部屋の外で、階段を駆け降りる音がした。
 父も母もぼーっとしていたので、私が階段を降りた。
 階段を降りた先には妹の部屋があった。
 ドアを開けると、マドが割れて、風が吹き込んでいた。空を覆う黒雲には穴が開き、その中に妹の白い足が吸い込まれていった。妹の足が消えると、まっすぐの日が差し込んできて、暗い部屋に落ちた紙切れのような日溜まりが、風でかすかに揺らめいていた。