超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

赤い心臓と擬態する蝶

 木の葉に擬態する蝶の仲間が私の胸にはりついて、私の胸のふりをしている。

 今朝起きたら、背中に鋭い痛みが走った。体をひねって鏡を見ると、背中に大きな傷があり、そこから蜜がしみ出ていた。蝶はきっとこの蜜に誘われてやってきたのだと思う。蜜は少し川のにおいがした。
 病院に行って診てもらったが、この医者がとんでもないボンクラで、私の胸に蝶がはりついていることを信じようとしない。きっとどんな患者にもそうするのだろう、聴診器を当てて心音を聞こうとするので、どうなってもしりませんからね、と釘を刺したが鼻で笑った。
 聴診器の丸くつめたい金属の板が、私の胸にふと触れた瞬間、胸の肉がバサリとはばたき、風を起こしながら飛び立った。薄い肉の羽は診察室の天井や壁にめちゃくちゃにぶつかったあと、窓を破って、五月晴れの空に出ていった。
 残された私は、むき出しの心臓が波打つ音を聞きながら、アホみたいな医者と看護婦の顔を見て、得意になっていた。