超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2013-01-01から1年間の記事一覧

雲と耳鳴り

(蒸し暑い夏の夜。) (柔らかい靴音が、灯りの消えた校舎に近づいてくる。) 今日の客は中学校の用務員だ。 (誰もいない校庭の真ん中で、少年が一心不乱にバットを振っている。) (扉の閉じられた焼却炉の前に、表面の濡れた大きなゴミ袋が置かれている…

かき氷としっぽ

お父さん、どうしたの、会社は? なぁ、あの、うち、あれなかったっけ、かき氷作るやつ。 え? あるじゃん、手回しでさ、氷ガリガリ削るやつ。 あ、あー、はいはい、あるけど、何? 貸して。 え、今? うん、ここで使ってすぐ返す。 何それ? いいから。 ああ、そ…

髭と白衣

母さんが入院した。どうしてと尋ねても、父さんもおばあちゃんも口をつぐんでいる。こっそりお見舞いに行っても、何だかんだと理由をつけて会わせてくれない。 仕方がないので隙を見て母さんがいる病棟に忍び込み、その病室を探した。やっと母さんの名前が書…

顔と食卓

(夜の食卓。父が新聞を読んでいる。中学生の娘は携帯をいじり、小学生の息子はへそを掻きながらテレビを見ている。台所の方から微かに夕飯を作る物音。静寂よりも静かな空間。)(父が時計に目をやり、新聞を閉じたとき、台所の方から母のうめき声が聞こえ…

指と舌

仕事が休みだったので、昼間から風呂に入った。ぬるい湯が体にずるずるとまとわりついてくる。 ふいに花の香りが鼻をついた。香りの方を見ると、湯船の縁を、指が歩いていた。爪の綺麗な白い、女の指だった。指は湯船の縁をぐるりと一周すると、私の方をしき…

歯車と太陽

あまりに暑い日が続いたので、絵日記に描いた太陽も、溶けかけていた。爪の先で太陽をカリカリ剥がすと、中の歯車が剥き出しになった。歯車はしんとして動かなかった。中で鼠が一匹、挟まって死んでいた。

夜とビル

幼い頃、夜の街にビルを植える巨人を見た。横で眠っていた母の顔を覗くと、母は必死に眠ったふりをしていた。その次の朝から、父に関する記憶が始まっている。父は今もそのビルで働いている。

夜と鳴き声

夕食の用意をしている時、何かの鳴き声が聞こえた。狡猾な動物、卑屈なロボット、そんなものをイメージさせる不快な音だ。今夜は好物のカレーなのにテンションが下がる。コンロの火を止めて耳を澄ませてみるが、鳴き声の出所がちっとも見当がつかない。遠く…

瓶と風

死んだ恋人を背負い、森へ捨てに行く。長い道程の中で、疲れては休み、そのたびに恋人をめくり、少しずつ読んでいく。途中で拾ったコーラの瓶を栞がわりにしている。恋人を読むと、私の知らないことばかりで、寂しくなったり、ほっとしたりする。恋人を閉じ…

象とラジオ

死にかけた象はラジオを受信する。本当の話だ。小学生のとき、近所のお姉さんと真夜中の動物園に忍び込んで、死にかけた象で落語を聞いたことがある。途中で象が死んでしまったから、落語のオチがわからなかったのをよく覚えている。 お姉さんとは今でも連絡…

吸殻と予感

小さな女に火を点けて、今日の嫌なことを色々と思い出しながら、女の煙を吸い込み、肺を満たす。体によくないと妻に言われるが、ストレスをため込んだままいる方がよっぽど体によくないと思う。勝手な理屈だが、こればっかりはやめられない。少し落ち着いて…

花と影

誕生日だったので、私は私にたくさんの花を贈った。私は私に贈られたたくさんの花を、空気を抜いたダッチワイフに詰めた。抱きしめるといつもより重く、いい香りがした。空気だけだったときはぼんやりと曖昧だった影も、花のお陰で濃くなって、触るとひんや…

痙攣と休息

雨が降っている。道に、傘が開いたまま落ちている。開いたまま落ちているその傘の下で、何かが交尾している。間違いなく、何かが交尾している。 部屋の真ん中に、本が開かれたまま落ちている。窓から差し込む月明かりで、本の表紙が青白く光っている。その本…

針と口笛

夏の夕方、人のいなくなった公園で、同級生の首を絞めた。人がいても絞めた。同級生は動かなくなった。もっと的確な言い回しがあるはずだけど、とりあえず同級生は動かなくなった。 息を整えて、帰ろうとすると、爪の間に口笛がたまっているのに気がついた。…

ネジとゴミ箱

業者に引き取られた母は、翌日一本のネジになって帰ってきた。 思いの外綺麗で重かったので、少しでも金になればと金物屋に向かったが、結局途中でコンビニのゴミ箱に捨ててしまった。どうしてそんなことをしたのか自分でもわからない。 ネジはカラカラと軽…

余生とメリーゴーラウンド

隣の房にメリーゴーラウンドが入ってきた。 半年毎くらいに、馬の首が一頭ずつ落とされていく。 その分俺の死刑が先延ばしになっているようだ。

蛇と霧

二人で決めたアパートには、部屋の真ん中に巨大な蛇が横たわっていた。死んでいるのか生きているのか、蛇はぴくりとも動かない。触るとひんやりしていて、抱きつくと何だか落ち着く。どちらからともなく、夜は蛇を抱き枕のように抱いて眠るようになった。恋…

茶碗と暁

夜の闇が濃くなると、私は屋根に上がり、夜空を茶碗ですくって、それから一気に飲み込む。とても不味い。一応鼻をつまんではいるが何の意味もない。そういう次元の不味さではない。飲み込むたびに、胃と胸がチョコレートフォンデュのように肥溜めに浸される…

影と思い出

ぼぅっと道を歩いていると、いつの間にか影だけの遊園地に迷い込んでいた。影だけの観覧車が夕日を遮りながらぐるぐる回っていた。影だけのベンチには影だけの迷子が泣いていた。私が何か声をかけようとすると、影だけのマスコットがやってきて影だけの風船…

箸と鏡

鏡を箸で切って一口食べたら、鏡に映った私はほんのり甘くてあたたかかったので、私は本当にかわいいんだと思った。

爪と図書館

腹をミサイルでえぐられて、怪獣は死んだ。役所は、海にでも宇宙にでも死体を運んで捨てようとしたが、それは大きすぎたし、怪獣の肉や骨や銀色に光る産毛は、いつまで経ってもまったく腐る気配がなかった。そこで、怪獣の腹に開いた穴に図書館が入ることに…

詩とやかん

一所懸命に書いた詩だったが、台所で湯が沸いて、やかんの音がピーッと響くと、それに驚いて文字たちがノートから逃げ出してしまった。真っ白に戻ったノートのページには、私の手のあぶらの跡だけが残っていた。夏の晩のことで、いっそ裸で寝てしまおうと思…

夜風とまぶた

ある晩、部屋の電気を点けたまま寝てしまった。そしたら嫌な夢を見た。うなされていると、やがて妙な音がしてふと目が覚めた。周りの景色がちかちかしていた。蛍光灯が切れかけているのだと思い、ベッドに身を沈めたまま天井を見た。蛍光灯の輪の中を、長い…

皮と鏡

昨晩はひどい雨が降ったが、今朝は信じられないくらい晴れていた。遠くで、濡れた道を出勤の車が走る音がしていた。 洗面台で顔を洗っていると、目の前に据え付けられている鏡の向こうでかすかに人の気配がした。良く日を吸ったタオルで顔を拭き、鏡を覗くと…

ポストと朝食

彼がポストに新聞を入れようとすると、ポストの口からフォークとナイフが彼に向かって突き出してきた。間一髪のところで避けると、フォークとナイフはしずしずとポストの中に戻っていった。彼は思わず腋に鼻をこすりつけ、自分のにおいを嗅いだが、やにとイ…

舌と蜜

熱した蜜のような夕日が部屋に流れ込んできた。じっとしていると自分がその蜜の中に閉じ込められていくような気持ちがした。 すると、げんげん、というような荒い手触りの風が窓の外を通り過ぎた。何事だろうと思い、窓の方に向こうとしたが体が動かなかった…

ロミオとジュリエット

人なのに豚として飼われてきたせいか、豚なのに人として育てられてきたせいか、自分が何者なのかよくわからない。 主人たる人は皺と骨以外何も特徴のない老いぼれも老いぼれで、私のことをおまえ、おまえと呼んでいた。 私たちはきたないアパートの一室にせ…

猫とビニール

飼い犬の調子が悪かったので獣医に診てもらうことにした。その日は朝から雪が降っていて、私が外に出たときにはもうずいぶん積もっていた。 獣医に向かう道すがら、私の進むのと同じ方向に、点々と丸い足跡が残されているのに気づいた。案の定それは動物病院…

水槽と白い砂

色の白い女を殺してしまった。だらりと飛び出た舌に爪の跡が残っていて、そこに血が溜まっていた。 死体を見ていたくなくて、部屋を出ようとすると、部屋の隅の水槽に敷き詰められた白い砂がもこもこと膨れて、そこから今しがた殺した女が現れた。女はしばら…

蝶と口紅

近所に住んでいた幼馴染の女の子は生まれた時から難しい病気で、それは足の方から肉が少しずつ剥がれ、その一枚一枚が蝶になって飛んでいってしまうというものだった。 はじめのうちは二人とも、青白い顔の彼女の親や医者を横目に、その幻想的な光景を面白が…