超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

誰もいない教室で、あの子の体操着を盗んでしまった、十一歳の夏。誰もいない墓地で、あの子の墓の前にそれを返した、十三歳の夏。

お手

何度教えてもできなかった「お手」を、最後に一度だけ成功させて、うちの犬は死んだ。

看板

近所のゴミ捨て場に、「命を大切に」と書かれた立て看板が捨てられていた。

車に轢かれた猫の死骸を見ながら、道端でお婆さんが「うちの猫が……」と泣いていたのだが、よく見るとそれは我が家の猫だったので、「いや、あれはうちの猫ですよ」と言うと、お婆さんは泣きやみ、私の顔に唾を吐いてその場から立ち去った。

ラブレター

昨夜書いたラブレターを今朝読み返したら、「ごめんなさい」ばっかりで、あまりに悲しくて、破り捨てた。

不審死

最近近所で玩具の不審死が相次いでおり、今日は三丁目の××さんの家の起き上がり小法師が起き上がらなくなったそうだ。

火星人にさらわれてから、蛸をさばけなくなった板前が、客のいない店内で、ラジオから流れてくる、異星人との悲恋を歌った演歌を聴いている。

めがけて

酒を呑んだ帰り、歩いていたらしょんべんがしたくなった。適当な場所を探していると、道端に小さな段ボール箱が置かれていた。あそこでしよう。箱を覗き込むと、赤ん坊が入っていた。捨て子らしい。赤ん坊めがけてしょんべんをした。何の反応もなかった。あ…

念仏

毎晩日付が変わる頃になると、アパートの隣室から聞こえてくる老婆の念仏の声がうるさいので、ある日とうとう壁を殴ったら、次の日の朝、近所の薬局や弁当屋の割引券が数枚入った茶封筒が、郵便受けに入れられていた。

連れ子

再婚相手の連れ子が、俺を見るなり、「おっちゃんは体丈夫?」と。

宝くじ

一等が当たっている宝くじを絶叫しながら破く父を、家族全員でぼんやり見ていた。

ちっちゃくて

頭まだ電線に引っかからないんだ?ちっちゃくてかわいいー!

ふられて

彼女にふられて公園のベンチで泣いていたら、ホームレスのおじさんが近づいてきて、「兄ちゃん相撲取ろう、相撲」と言う。

勇気

リストカットする勇気はないから、手首に赤いマーカーで薄く線を引いてる。

インスタントラーメンを作ろうと何気なく点けたガスコンロから不死鳥が飛び出して、その日以来俺は死ねない浪人生になってしまった。

朝早くに、神社の鈴を誰かが鳴らしていたので、見ると、猿だった。裏山から来たのだろう。猿は私が社務所の窓を開ける音に驚いて逃げていった。後で賽銭箱を見たら、木の実が数個、入れられていた。

ビル

向かいのビルの屋上からドラムロールが聞こえてくるので、もうすぐ誰か飛び込むらしい。

クリーニング

何度クリーニングし直して渡しても、その中年女性は、「臭い」と言って同じ喪服を店に持ってくる。

遺影

父の遺影に使う写真を、カツラをかぶっている物にするかカツラを脱いだ物にするかで母と揉める。

パン屋

その町外れのパン屋には、毎日一つ限定で、人間の形をしたパンが売り出されており、うつろな目をした人たちがやってきては、頭だけとか右腕だけとかをもいで買っていく。

きらきら

「わー、手がきらきらー!」「きらきらだねー」お互いの手を見せながら笑う母子の足元に、おびただしい数の、羽をむしられた蝶が蠢いている。

「どんな現状でも、命を粗末にするものじゃない」と猟師に諭され、その虎はとぼとぼと、廃屋の床の間の掛け軸の中に帰っていった。

ランドセル

ランドセルに「いじめないで」と書かれた紙を貼った小学生が、とぼとぼ通りを歩いている平日の昼下がり。

事故

現場の状況的に、このダッチワイフが後ろから突き落としたとしか思えない飛び降り事故。

トロフィー

地球をかたどったトロフィーをもらった男が、テレビの中でガッツポーズをしているが、あんな何もない星、何に使うんだよ。

着ぐるみ

家族で遊園地に遊びに行ったら、そこのマスコットキャラクターの着ぐるみが近づいてきて、「新しいお父さんとは仲良くやってるか」と訊いてきたので、曖昧に頷くと、着ぐるみは私に風船を二個手渡して去っていった。

話題

「子どもの頃、将来何になりたかったか」という話題で盛り上がっている、刑務所の雑居房。

タイムセール

ただ今店長仮死状態のため、息を吹き返すまでタイムセール開催中です、お安くなっておりますよー。

明日

明日死刑だし、今夜は歯磨きしなくていいや。

ゴリラ

あのゴリラには動物園から餌とは別に給料が支払われており、時折、夜になると、動物園の近くのスナックから、カラオケに合わせたドラミングの音が聞こえてくる。