超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2014-01-01から1年間の記事一覧

薔薇と心臓の日

よく晴れた午後、医者が写真を見せてくれた。 私の心臓に、薔薇が蔦を絡ませていた。瑞々しい棘が小さな心臓に、いくつもいくつもいくつも食い込んでいた。 何も言えないので何も言わないでいると、医者も何も言えないと見えて、何も言わないで去っていった…

月と夕餉

逃げ遅れた私の一人ぼっちの夕餉を、窓の外遥か遠く、真ん丸の月が黄色く汚い歯を剥いてあざ笑っている。夜空の星が見えないくらいたくさんのロケットが、次々と宇宙へとび出していく。 私は月から目を逸らし、スプーンを手に取る。テーブルの上のスープが優…

繁殖と殺菌

レトルトの青空を温めていたら、漂う春のにおいに誘われて、痩せっぽちの芋虫が、窓の外にやってきた。 芋虫は懇願するような目つきで、窓をこつこつと頭で叩いた。中に入れてほしいらしい。ちょっとかわいそうにも思ったが、窓を開けて、部屋に腐った空気が…

ふるさととえはがき(やさしいひとたち)

やけのはらになった ふるさとを しゃしんにとって えはがきにして やさしいひとたちに うったおかねで みずいろの したぎを かいました。

海と歯車

春の日の明け方に、街に面した大きな海が、しんとして凪いでいた。 海に潜って調べてみたら、海を動かす歯車にくらげが挟まり死んでいた。 くらげをペンチで引っ張り出すと、歯車はゆっくり動き出し、海のあちこちに波が萌え、魚も鳥もほっとしていた。 海か…

レモンと恋人

冷蔵庫の中の恋人が、いつの間にかレモンに鍵をかけてしまった。 これではレモンが絞れない。レモンが絞れないと、冷蔵庫の中の恋人を食べるとき、臭くて困る。 耳を澄ますと、冷蔵庫の中の恋人が、くすくす笑う声がきこえた。 あまりに悔しいので、今すぐ残…

唇と抽斗

狭い和室に箪笥が置かれていて、その抽斗を空き巣が漁っている。 一番下の抽斗を開けると、和紙に包まれた着物と、一本の男性器と、折りたたまれた女の脚が収められている。 その上の抽斗を開けると、防虫剤のにおいが鼻をつき、重ねられた冬服と、肉付きの…

水と樹

しんと澄んだコップの水面に、大きな樹が映っていた。 私は指先でこつりと、コップをつついた。 しんとした水面が、音もなく揺れた。水面に映った大きな樹も揺れ、色濃く繁った葉の間から、小さな鳥がとび出した。 するととつぜんコップの底から、鋭い銃声が…

地獄と炎

拷問ポイントが貯まったので、お前を焼く業火の色を選べます、と地獄の鬼に言われたが、周りの罪人たちから浮きたくなくて、結局プレーンを選んでしまった。 本当はレモンイエローが良かったのに。 地獄に落ちても、結局僕は何も変わらなかった。

掌編集・五

(一) 彼の胸には、開きかけた扉のタトゥーがあった。 「へんなの」と私がからかうと、「へんだろ」と彼ははにかんだ。 ある晩彼のベッドで眠っていると、遠くで扉が閉まる音がして、ふと隣を見ると、仕事で遅くなるはずの彼が寝ていた。 スーツ姿のままだ…

掌編集・四

(一) 庭で苺の詩を摘んだ。 ジャムにした。不味かった。 私の庭には、本物の苺はまだ一度も実ったことがない。うんざりしている。 (二) 金魚鉢に、小さな浮き輪と、小さな靴が浮いていた。金魚はその日かなりの量の餌を残した。 しかし金魚はしれっとし…

夜の重さとペーパーナイフ

最近、布団に入るたび、夜が重い、夜が重いと、思っていたが、今日、とうとう夜の重みで、僕は平たく延ばされてしまった。 寝返りを打つことも、助けを呼ぶこともままならない。 困ったことになった。でも僕は少し落ち着いて、朝になれば元に戻っているだろ…

めだま(ひとりとひとり)

おなかにあるおおきなめだまが、なぜだかはらはらないていた。 なだめてもしかっても、おおきなめだまは、なくのをやめなかった。おかげで、かったばかりのしゃつが、びしょびしょにぬれてしまった。 わたしにはこういうことをそうだんできるともだちがいな…

闇と卵

夫が珍しく自分でスーツをハンガーに掛けていたので、ちょっと調べてみると、スーツの内ポケットに、小さな卵が入っていた。 ああこれ帰り道に拾ったんだと、夫は言った。何の卵だろうねと、夫は言った。何の卵だと思う? と、夫は言った。 夫の分厚い掌の上…

指とカメラ

部屋で寝ていたら、部屋の隅で火が燃えていた。 火の周りには、小さな人々がいて、何やらがやがややっている。背丈より大きなカメラを抱えているのがいたり、さむらいのような恰好をしているのがいたり、どうやら映画か何かを撮っているらしい。 そのうち監…

弾けた象と甘い星

夜空から星を盗んでしまった。丸くて柔らかい星だった。姉に見せた。それは甘い星だと言われた。 姉が紅茶を淹れてくれた。星が一つ消えた夜空を見ながら、手の中の星をかじった。確かに甘い味がした。目をこらすと、星の上で寝ていた、象のような生き物が、…

三日月と旅立ち

宿題を片付けながら、ふと窓の外を見ると、夜空に三日月が浮かんでいた。 しばらく眺めていたら、三日月の先っぽに何かがひらひら、はためいていることに気づいた。目をこらすとそれは、昨日隣のクラスのC君に貸した、僕の体操着だった。 そういえば今日C君…

骨と剥製

外国で暮らす友人から、巨大な獣の剥製が届いた。 剥製には手紙が添えられていて「実はこの獣に食べられてしまいそうなので、私ごと剥製にしてもらうことにしました。かしこ。」と書かれてあった。それは確かに友人の字だった。唐突に外国で暮らしはじめた友…

仕事のない生活と何だかわからない歌

部屋の壁に、厚い唇を持った小さな口が生えてきて、何だかわからない歌を歌っていた。 先週送った履歴書が、ほとんど返ってきてしまったので、もったいないので証明写真だけを剥がして、わざと大げさに、くしゃくしゃ、くしゃくしゃと丸めていると、壁に生え…

蛸と蛸

ある水族館の、薄暗い水槽の底に、蛸が一匹生きている。 かつて水槽を満たしていた、腐った海水は干上がり、隠れ家にしていた飾りの岩も、なよなよとした海草も、今ではすっかりひびわれて、乾いた埃が表面をうっすらと覆っている。 蛸の体はやけに瑞々しい…

丘と綿毛

小さな部屋の、白いベッドに、目覚めない男が寝ている。春の丘をはめこんだ窓は目いっぱい開かれ、薄いカーテンが風を孕んでいる。 目覚めない男の傍らに、色白の女が座って果物を剥いている。女は剥き終えた果物を小さく切り分け、目覚めない男の口元へ差し…

犬と泥棒

長い雨が降った次の日、庭の隅に水たまりが現れた。鏡のように美しい、傷ひとつないその水面を、庭で飼っている飼い犬が興味深そうに覗き込んでいる。 洗濯物を干しながらその様子を眺めていると、とつぜん水たまりの中から、女らしい腕が出てきて飼い犬をゆ…

ベルトコンベアと笑顔の欠片

バスを乗り継いで職場につくと、私は衝立で仕切られた無数のブースの中から、私の名札がぶら下げられた椅子に座る。目の前には色紙ほどの大きさの鏡があって、足元にはベルトコンベアが流れている。 仕事が始まる時間まで、私は鏡を磨くことにしている。他の…

袋の中身と夕暮れの部屋

夕日の差し込む、小さな部屋に、私とその人がいる。私は窓辺に腰かけて、その人が好きな漫画を読んでいる。その人は薄い布団にくるまって、私の好きな画集をめくっている。遠くで犬が鳴いている。 「背中がかゆい」 とその人が言う。 「そう」 と私が答える…

海と生贄

今年の生贄に選ばれたのは僕の母だったので、二人で海を見に行った。 言葉もなく、僕らはじっと海を見ていた。どこかの家から途切れ途切れの、野球中継の音が聞こえていた。僕はぼんやりそれを聞きながら、隣の母を見た。右と左で大きさの違う母の目に、カモ…

骨とはつ恋

台所に飾られている首の長い花瓶には、何のものかわからない尖った一本の骨が活けられている。 骨は母が活けたもので、骨はかすかに桃色がかっていて、骨は母と仲が良い。 母は家事が一段落すると、骨と指先で戯れる。花瓶のガラスの曲線に沿って骨は、キン…

月とアルミ

缶詰を開けると、中は小さな海で、やせっぽちの小娘が、水面に浮かんで、異国の歌を口ずさんでいた。深い緑の瞳には、まんまるの月が映っていた。 小娘はどこまでも流されていくようだった。しばらく見つめているうちに、なぜだかとつぜんいたたまれなくなっ…

梨とバクダン

いつもより遅く帰ってきた妹が、晩飯を食べているとき、「この梨は甘いけど、バクダンは苦いのよ」とつぶやいた。 その夜、妹の下着を脱がせたとき、太腿の間からかすかに、火薬のにおいが漂ってきた。

心臓と石

私の恋人の心臓は、恋人が死ぬと、質のいい石になるらしい。 だから彼女が死んだあと、石になった心臓が取り出され、万年筆の軸に加工されることが決まっている。 そろそろ彼女にプロポーズしたいが、驚かせて彼女の心臓が止まったりしたらと思うと、思わず…

黴と沈黙

その鯨は、一人ぼっちで生まれて、一人ぼっちで暮らしていたので、それを見てたくさんの船乗りが、鯨の物語を作った。 あるとき鯨は、さびしくなって、陸に上がったが、村の灯りを見つけたところで、力尽きてしまった。それを聞きつけて、たくさんの旅人が、…