(一)
彼の胸には、開きかけた扉のタトゥーがあった。
「へんなの」と私がからかうと、「へんだろ」と彼ははにかんだ。
ある晩彼のベッドで眠っていると、遠くで扉が閉まる音がして、ふと隣を見ると、仕事で遅くなるはずの彼が寝ていた。
スーツ姿のままだったから、パジャマに着替えさせてあげようと、シャツを脱がせて胸を見たら、タトゥーの扉は閉められていた。
唇を震わせながら、彼の頬に口づけた。彼は冷たくなっていた。
ぽろぽろ涙を零しながら、タトゥーの扉にノックをしたが、いつまで経ってもしんとしていた。
(二)
急行の線路に飛び込もうとしたときに、魔女と目が合った姉は、列車にぶつかるぎりぎり直前に、石にされてしまった。ブレーキはちっとも間に合わなかった。
クリーム色の塗装を少しくっつけて、バラバラに砕けた姉の欠片は、一つも欠けることなく集められ、押入れにしまわれることになった。ジャンクフードばかり食べていたせいか、鼻を近づけるとアスファルトのにおいがした。
(三)
友人から鉢植えの花をもらった。まっすぐに伸びた長く太い茎の先に、少し水気を含んだかわいいつぼみが、ちょこんと顔を乗せている。
しかし、どんな花が咲くのか楽しみで、毎日、水をやったり栄養剤を与えたりしていたのだが、いつまで経っても、かたいつぼみは閉じたままだった。友人に聞いてみても首を傾げるばかりで、すっかり困り果て、かといって捨てるわけにもいかず、ずいぶん持て余していた。
ある日何気なく鉢をこつこつと指で叩きながら、「おーい」と声をかけたら、とつぜん鉢の底の方から、どたどたとけたたましい物音が錯綜しながら響いてきた。
それからすぐに長い茎の中を、エレベーターのかごが上昇してくる音が聞こえ、つぼみの辺りで止まった次の瞬間、チーンという音とともに、花が開いた。
色も形も個性のない、つまらない花だった。
(四)
彼は昼休みになると、近所の公園に行き、ベンチに腰かけて弁当の包みを広げる。彼は包みの中から、それはそれは可憐な女の首を取り出し、膝の上に置いてお茶のペットボトルを開ける。
可憐な女は口をもごもごさせている。飴か何かを舐めているらしい。彼はお茶を飲み干すと、おもむろに女の首を抱き上げ、ゆっくりと口づける。口移しで飴を食べさせてもらっているようだ。
彼は飴を自らの口に移すと、公園を行き交う人々を眺めながら、それをじっくりと味わう。その間、女の首は所在なさげにしている。
昼休みの時間が終わる頃、彼は口の中に残った飴を噛み砕き、可憐な女の首を包んで、仕事に戻る。
飴を口移したときの、ぴちゃぴちゃという濡れた音が、いつまでもベンチの辺りに残って、漂っているような気がする。