超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

仕事のない生活と何だかわからない歌

 部屋の壁に、厚い唇を持った小さな口が生えてきて、何だかわからない歌を歌っていた。

 先週送った履歴書が、ほとんど返ってきてしまったので、もったいないので証明写真だけを剥がして、わざと大げさに、くしゃくしゃ、くしゃくしゃと丸めていると、壁に生えた口はその音に負けじと、大きな声で歌いはじめた。

 何だかわからない歌なので、非常にいらいらする。丸めた履歴書を口に突っ込んだ。歌は止み、かわりに苦しそうな息が漏れ、唇はみるみるうちに紫色になっていく。やがてぽかんと開いた口から、唾液にまみれた履歴書が、ぽとりと落ちた。

 夜になって、異臭に気づく。唇が腐り始めたらしい。我慢できなくなって、ガムテープで塞いだら、気にならなくなった。

 

 冷蔵庫の扉に、厚い唇を持った小さな口が生えてきて、何だかわからない歌を歌っていた。

 今度ははじめから、ガムテープで塞いだ。

 しかし厚い唇を持った小さな口は、狭いワンルームのどこにでも現れた。仕事が決まって昼間家にいないような生活が始まれば、口のことも気にならなくなるのかもしれないけど、今は履歴書が返ってきてしまうので、ひたすらガムテープで塞いでいる。

 部屋のほとんどの場所に、ガムテープが貼られているので、あの特有のにおいが充満していて、四六時中吐き気がする。何だかわからない歌もずっと聞いているが、何だかわからない。