缶詰を開けると、中は小さな海で、やせっぽちの小娘が、水面に浮かんで、異国の歌を口ずさんでいた。深い緑の瞳には、まんまるの月が映っていた。
小娘はどこまでも流されていくようだった。しばらく見つめているうちに、なぜだかとつぜんいたたまれなくなってきて、思わず目を逸らしたら、コンロの鍋が吹きこぼれていることに気づいた。
鍋を片付けるどさくさに紛れて、私は缶詰を小娘ごとごみ箱に放り込んだ。それから月が見えないように、家中のカーテンを閉めて回った。理由はわからないが、そうするのがいいと思った。ふいに指先に鋭い痛みが走った。見ると小さな切り傷に血が滲んでいた。缶詰を捨てるときに切ったらしい。私はなるべく何でもないことのように、指の血を舐めた。理由はわからないが、そうするのがいいと思った。しかしその血は、私が今までに舐めたどの血よりも塩からかった。