超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2014-01-01から1年間の記事一覧

大家族

(朝のリビング。家族四人分の朝食が用意されたテーブル。) (一つの椅子には制服を着た少年が腰かけており、残りの三辺には細長いプラスチックの板が立てかけられている。) (それぞれの板の隅には油性マジックで小さく、“父”“母”“妹”とメモ書きされてい…

夜話(屋根)

「ぼくんちの屋根は、女のスカートだから、二階のぼくの部屋は、変に暗くて、ときどき妙なにおいがします。 「その妙なにおいを、嗅ぐと、きまってぼくは、体の中を濁った水のようなものが駆け巡る感覚に、襲われます。 「はい。 「ぼくんちの屋根は、女のス…

丘といびつな風

丘の向こうへ食べ物を取りに行った夫は、丘のてっぺんで知らない女と出会い、そのまま丘のてっぺんに家を建て、二人はそこで暮らし始めた。残された私は飢えて死んだ。 二人の建てた家は丘の空気の流れを変え、丘から降りてくる風はいびつな形になった。その…

大人のケンカと高い壁

また大人がケンカした。 それで、昨日まで何もなかった場所に、空まで届く高い高い壁が建てられた。これであいつの町に行けなくなってしまった。 明日はあいつと遊ぶ約束をしてたのに。俺のねえちゃんのおっぱい見せてやるよ、ってあいつ言ってたから楽しみ…

友情と風船

(夕方のキッチン。エプロン姿の母親が、流し台の三角コーナーをじっと見つめている。) (隣のリビングでは、幼稚園の制服を着た少年がふてくされた顔でテレビを眺めている。) (母親が見つめる視線の先では、三角コーナーの残飯の隙間から、小さな小さな…

コーヒーと唇

いつものように朝食の匂いが漂う廊下を寝ぼけ眼で踏みしめ、台所の扉を開けると、コンロの前に妻の姿はなく、ただテーブルの上の真っ白い皿に、妻の首が載せられてあるだけだった。 首だけになった妻は不満げに眉間に皺を寄せ、じっと目を閉じている。適当に…

生活

太陽も、風も、雲も、雨も、父も、母も、祖父も、林の片隅に佇む墓に眠る祖母も、気のいい隣人も、嫌味な同僚も、無愛想なバスの運転手も、恋人も、彼女のよく動く舌も、そのふくよかな乳房も、それから今度生まれてくる子どもも、すべておもちゃなので、世…

照準と標的

友人の結婚披露宴に出席した。 ウェディングドレスを着た友人は本当に綺麗だった。しかしその表情は硬かった。 新郎は背が高く、色白で、いかにもおとなしそうな人なのだが、今、その新郎側の席には、おっぱいに火器の搭載された女性型のロボットがたくさん…

歌声

「歌っていてもいい?」 と彼女は私に尋ねた。私はナイフとフォークを構えたまま頷いた。 白い皿の上に横たわりながら彼女は、小さく口を開いて、私たちが幼い頃に流行っていた外国映画のテーマソングを、私たちがはじめて互いの唇を真剣に見つめたあの頃に流…

夜話(亡くなった夫を)

「亡くなった夫を、ジグソーパズルにしてもらったのですが……友人や親戚に反対されてしまいまして、ええ。で、いろいろと話し合った結果、ひとまず元通りに組み立てて、それから改めて焼いていただくことになりまして。 「夫の実家の広いお部屋をお借りして、…

雨とごみ袋

ごみ袋の口を縛る前に、もう一度あなたに触れてみた。 あなたの喉はすべすべしていて、僕のささくれた掌の隙間から、甘く懐かしい香りが漂ってきた。 あなたのおっぱいはまだまだ熱くて、僕の冷えた手は火傷しそうだった。 あなたのおなかに手を当ててみると…

機械を借りて

ようやく順番が回ってきたので、死ぬことにした。親族や知人にその旨葉書を出し、役所から死ぬための機械を借りてきた。枕元に機械を置いてスイッチを入れると、無事に私は死ぬことになった。 それはある穏やかな春の朝のことで、私の部屋には、かつて私が機…

どきどき

河原を歩いていたら、大きな石を見つけた。白くて滑らかで、柔らかそうな石だった。 何だか堪らなくなり、思わず拾い上げたそのとき、どこかから声が聞こえてきた。 「あの……それ、私のおっぱいなので、持っていかないでください」 周りを見回すと、川底に捨…

針と餅

月面にぽつんと置かれたベッドの上で、入院服の少女が一人ふてくされている。傍らには何重にも宇宙服を重ね着した男たちがいて、少女に太い注射を打っている。少女は帰りたいと駄々をこねるが、男たちは黙ってロケットに乗りこみ、地球へと戻っていく。その…

肌の塊

(夕暮の団地。一棟のマンションの五階の廊下を、スーツ姿の初老の「男」がとぼとぼ歩いている。) (丸まった背中。手には通勤鞄。先のほつれたネクタイ。) (男は廊下の隅の部屋の前に立ち、インターホンを押す。) (すぐにドアが薄く開き、チェーンの繋…

進行

娘が、亡くなった妻の似顔絵を描いた。 画用紙いっぱいに、ちびたクレヨンで、亡くなった妻の笑顔を描いた。 とてもよく描けているし、何より娘が自慢気なので、絵は台所の壁の、一番目立つ場所に貼ることにした。 ある日の早朝、ふと目が覚めると、隣で寝て…

ベランダとゴミ

朝目覚めると、隣に、昨日の晩、私が殺した私が、横たわっていた。 これで何人目だろうか。深くため息をつき、私は私が殺した私を布団から引きずり出す。私が殺した私は、固く、冷たく、青白い。その上、当然といえば当然だが、殺されているので自分から動こ…

氷と唇

昼休み、公園のベンチに腰かけていたら、とつぜん頭の中がうるさい。 たくさんの氷がぶつかり合ってカランカランとやかましい音を立てている。誰かが私の頭の中に氷を浮かべ、ストローかマドラーか何かそういうものでかき混ぜているらしい。ちょっと昼寝をし…

花と影

好きな人が浴衣姿で知らない男と手をつないでいた。 僕は川沿いのどぶ臭い道をとぼとぼ帰った。 湿った畳のいつもの部屋はいつもより空っぽで寒かった。 ああ。 うつむいて彼女のことを考えているとお腹の芯が痺れてきた。 くるしくなってズボンを脱いだ。 …

古傷と桃缶

真夜中まで残業していたとき、電卓のキーを叩いた拍子に、厚紙を折り曲げたときのような感触とともに、人差し指の先っぽが、折れてちぎれてしまった。 セロハンテープを何重にも巻いて、きちんと補修してはいるのだが、何だか最近、壊れやすい。 そこで、指…

やみ夜

月も星もないやみ夜の下を歩いていたら、なんだか食欲を誘う良い匂いが、空からふわふわ降りてきた。 ふと見上げると、夜空の真ん中でバターの塊が溶けている。はっと気がついたときには、じゅうじゅうと香ばしい音を立てるやみ夜に向かって、まっ逆さまに落…

ほどける指と象の絵

体が指先から 少しずつほどけて 青白い糸になっていく。 それを見つめて 薬を飲んで 日がな一日 私はとても退屈だ。お医者さんは 私の部屋に誰も 近づけない。 ある日ふと思い立ち 少しずつ ほどけていく指先を 唾で湿らせて 細くまとめて その先っぽに イン…

侵入と痕跡

最近嫌な夢ばかり見るので医者に診てもらったら、頭の中に誰かの髪の毛が落ちていた。

林檎

(リビングのソファに私とあなたが座っている。) (私は本を読み、あなたは誰かに手紙を書いている。) (テーブルの上には真っ赤な林檎が置かれている。) (不意に電話のベルが鳴る。) (私とあなたは顔を見合わせる。) (この家に電話は無い。) (私…

ハサミと下心

新入社員のかわいい女の子は、両手が蟹のハサミだった。 歓迎会の二次会で、たまたま二人きりになったとき、酔った勢いに任せて、「ちょっと挟んでみて」と言いながら手を差し出したら、「皆さんそうやって口説いてくるんですよ」と言われた。 すごく恥ずか…

傷と階段

道で転んで、膝を深く擦りむいた。 薄桃色の肉の表面には、四角い蓋がついていた。 蓋を開けると、下り階段が現れた。階段の先には、濃い闇が湛えられていた。 夕暮れの陽ざしが、むき出しの肉を照らし、ぴりぴりと痛んだ。夕暮れの風が、階段の中に吸い込ま…

大砲と寝癖

丘の上に大砲が幾本も据え付けられている。 砲手は忙しく働き、丘の先の村では、人が泣き、あちこちに火の手が上がっている。 それぞれの砲手の傍には、幼い爆弾たちがきちんと整列し、発射のときを待っている。幼い爆弾たちは各々、ピカピカのスーツやドレ…

箱とボーナス

僕の恋人は、世界征服をたくらむ悪の組織に勤めている。 ある日彼女の部屋に行くと、マジックで「仕送り」と書かれた段ボール箱があった。中には、正義のヒーローの首が六つ、入っていた。 彼女に聞くと、組織に一つ首を献上するごとに、特別手当てが出るそ…

浮標とスカート

兄が家に恋人を連れてきた。海色の長いスカートを履いた、何だかぼんやりした顔の女だった。 兄が急かしたせいか、彼女は挨拶もそこそこに、兄とともに兄の部屋に入ってしまった。 頃合を見てお茶を持っていくと、兄の部屋いっぱいに海色のスカートが広がっ…

心臓と機械

中学時代の、同窓会に行った。三十年ぶりに会ったクラスメートたちはみな、半透明の四角い機械になっていた。 僕が宴会場の襖を開けると、機械たちは一斉にガビガビと妙な音を発した。どうやら歓迎してくれているらしかったが、どの機械が誰なのかよくわから…