超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2020-04-01から1ヶ月間の記事一覧

ファスナー

近所の小学校に通う子どもたちは、みな一様に肥っているが、そのうち半分くらいが、背中にファスナーがついている。肥満児に合わせているのか、肥満児が合わせているのか。ただ、公園や駄菓子屋などで遊んでいる姿を見る限り、ファスナーがついている子の方…

良い雨と良い陽の日が続いたためだろう、信号機が熟れて、すべて赤信号になってしまった。しばらく車には乗れないが、交差点に甘い香りが漂っている気がして、案外嫌ではない。歩くのもいい。

砂場

その小学校の砂場では、「呼ばれた気がした」という理由で穴を掘り続け、休み時間を棒に振ってしまう生徒が後を絶たない。

手術

「メス」「はい」「汗」「はい」「鉗子」「はい」「バーコードリーダー」「はい」ピピッ。「300円」「はい」

予定

ラジオを聴いていたら、明日の予定が発表された。明日は晴れるんだそうだ。赤ん坊が笑うんだそうだ。子どもの風船が割れるんだそうだ。部長のカツラがずれるんだそうだ。砂浜にクラゲが打ち上げられるんだそうだ。猫が孕むんだそうだ。俺は……俺は、コーヒー…

絆創膏

旅行先で町を散策していたら、あちこちに絆創膏が貼られた電信柱を見つけた。絆創膏が貼られているってことは、今時珍しい肉製の電信柱、それもかなりやんちゃなやつだ。旅館のテレビの映像がずっと乱れがちなのも、こいつの仕業だろう。田舎を旅していると…

ちゃんとした人

家の裏にある月極の駐車場には、地面に白いペンキで「蝶」と書かれたスペースがあり、真ん中に花瓶に活けた数本の花が置かれている。「蝶」の文字の通り、そのスペースには毎日数匹の蝶がふらっとやってきて、花の蜜を吸ってはまたふらっと去っていく。眺め…

万華鏡

物置の奥から出てきた万華鏡を覗いてみたが、いくらくるくる回してもワンパターンな模様しか出てこないので、おかしいなと思いよくよく見てみると、ビーズやセロファンなどが入っているわけではなく、万華鏡の中に血が飛び散っているだけなのだと気づいた。

ATM

「この端末は、肉でのお振り込みが可能です。この端末は……」(と、繰り返しながら、獣臭いATMが、血のこびりついた「投入口」の上下に生えた歯をガチガチ鳴らしている。)

殺虫剤

殺虫剤を買った次の日から、蟻の顔の運転手が運転する霊柩車につきまとわれている。

着信

スマホに着信があったが洗い物をしていたので出られない。と思ったら娘が勝手に出てしまった。「もしもし?……うん。そうだよ。……うん、わかった。……ママー」「何?」「おじいちゃんから」「……」「地獄に落ちちゃったから助けて、だって」

まな板の上で肉のようなものをさばく母の足元に、鼻緒の切れた下駄が転がっている。

おうち

首にちぎれた縄を巻いた男の死体が、体はうつ伏せのまま、顔だけ上げて、夜道をずるずる音を立てながら這ってきた。ひっと悲鳴をあげようとした時、死体の右の鼻の穴から、何かが飛び出ているのに気づいた。よく見るとそれはカタツムリだった。なあんだ、こ…

コインランドリーの忘れ物コーナーに乾いた耳が一枚あったのだが、取り出してペアにする時気づかなかったのだろうか。

元気

はぁい、元気な男の子ですよぉ。説明書なしですのでお安くなっておりますよぉ。

飼い犬が餌に向かって吠えている。いつもいじわるされてたからな。

ただいま

「ただいま」(と、墓場から声がして、あとはしんとしている。)

秒針

今年も畑いっぱいに秒針が実った。一本一本丁寧に収穫して、全国の時計工場へ出荷される。長針と短針を作っている農家さんももちろんいて、年に一度、交流会も開かれている。いつも会が開かれるホテルの大時計がデジタルであることに、ちょっともやっとして…

ネジ

犬の散歩の途中、ふと夜空を見上げる。星が光っている。ふいにおじいちゃんのことを思い出す。光ってる星の中には、夜空を支えるネジの頭が混じっていて、月の光を反射しているんだ。昔おじいちゃんにそう教わったことがある。ネジ工場の職人だったおじいち…

林檎

バイト先のスーパーのバックヤード。果物売場担当の上司が、まだ色づいていない林檎をずらっと並べ、その前に椅子を置いて腰掛ける。それからおもむろにポケットから一冊の本を取り出し、それを音読し始める。すると、まだ青い林檎たちが次々と赤くなり始め…

置き手紙

「あなた方のやり方は充分わかりました」という置き手紙を残して、動物園から全ての動物がいなくなった。

いつも夜中まで両親がぶつぶつと何か話し合っている声が聞こえてくるのには慣れていたのだが、その日は受験勉強でイライラしていて、一言うるさいと言ってやろうと、両親の寝室の扉を開けると、中には両親の声を延々と再生するレコードとプレーヤーが置かれ…

抵抗

やっとのことで耳かきを引き抜いてみれば先端に歯形が。

墓参りから帰ってきたら、体重が少し増えていた。

粗大ゴミ置き場から逃げ出し、野生化した炊飯器が、蓋を全開にして雨を待っていた。お前、まだ何か炊くつもりなのか。塗装の剥げたそのボロボロの体で。知らず知らずうち、涙が溢れる。その滴を見逃さず、炊飯器が俺によたよたと近づいてくる。

そいつ

あくびをしたら、向こうもあくびをした。くしゃみをしたら、向こうもくしゃみをした。思い切って手を振ってみたら、向こうも手を振りかえした。なのに近づいてみると、そいつはただの首吊り死体だった。さっきのあくびやくしゃみは、ぼくの「寂しい」という…

夕暮れの裏路地に、子どもの歯を運ぶ蟻の行列。その行列を必死に追いかけながら、「ちゃんと歯磨きするから」と泣き叫んでいる男の子。男の子の家の二階の窓から、その光景をじっと見つめる、エプロンをした巨大な蟻。確かあの家の奥さん、昔は可愛いカンガ…

赤い月

赤い月が雲の後ろに隠れるたびに、隣家から聞こえてくる団らんの声がぴたりと止む。

カーナビ

どうやらカーナビがバグったらしく、この間妻子を埋めた場所が、いつの間にか「お気に入り」に登録されている。