超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

林檎

 バイト先のスーパーのバックヤード。果物売場担当の上司が、まだ色づいていない林檎をずらっと並べ、その前に椅子を置いて腰掛ける。それからおもむろにポケットから一冊の本を取り出し、それを音読し始める。すると、まだ青い林檎たちが次々と赤くなり始め、ついには真っ赤っかになる。中にはごろごろと転がって悶絶している林檎まである。頃合いを見計らい、上司は赤くなった林檎たちを次々と売場に並べていく。並べられたばかりの林檎たちは、触ってみるとほんのり温かい。気になって、「どんな本を読んで聞かせているんですか」と尋ねても、「高校生にはまだ早い」とはぐらかされてしまう。音読しているところに近づいていっても、上司はぼそぼそつぶやいているので内容がわからない。わざとそういう風に喋っているのかもしれない。とうとう私は、高校を卒業したら、このスーパーの面接を受けようと思い始めている。