超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

羽根

 近所の家の前を通りかかったところ、塀にトンボがとまっていて、家の方を見ながら首をぐるぐる動かしていた。すぐ傍の窓の向こうで誰かが指でも回しているのかと思い、つま先立ちになってちょっと中を覗くと、お札みたいなものがベタベタ貼られた部屋の中で、女の生首が笑いながら、観覧車みたいにぐるぐる回っていた。その視線はトンボをまっすぐに捉えていた。トンボの方はもう充分目を回している様子だが、しかし、果たしてどうやって捕まえる気だろう、と思った。顛末を見届けたかったが、バイトの時間が近づいていたので、仕方なくその場を後にした。
 帰りに同じ道を通ると、塀にトンボはいなかった。部屋の中では女の生首が、頬に涙の跡を残したまますうすう眠っていた。トンボに逃げられたのか、愛想を尽かされたのかはわからなかった。