超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

掌編集・二

(一)

 

(明るい和室に少女が一人、仏壇の前に座って、ライターで線香に火を点けている。)

(仏壇には遺影も位牌もなく、かわりに小さな卵が一つ、ころんと無造作に置かれている。)

(少女が仏壇におそるおそる線香を供える。細い煙がす、と立ち昇る。)

(少女、仏壇に手を合わせる。線香の煙が少しずつ狭い部屋に満ちていく。)

(と、卵が突然カタカタと動き出す。少女が手を合わせたまま見ていると、やがて薄汚い殻の表面にヒビが入る。)

 

「おばあちゃーん……」

 

(少女が部屋の外に弱々しく呼びかける。すぐに襖が開いて少女の祖母が現れる。祖母は手にガムテープを握り締めている。)

(卵が激しく身悶えし始める。祖母、ガムテープを長く切り、卵を何重にも巻く。)

(少女が不思議そうな顔でその様子を見ている。ガムテープの層の下で、何かがぐるぐると蠢いている。祖母は感情の無い表情。)

(やがて卵が動きを止める。祖母がほっと息をつく。線香は燃え尽きている。少女は動かなくなった卵をじっと見ている。)

 

(祖母が少女の手を引いて部屋を出ていく。)

(襖を閉める瞬間、少女が仏壇を振り返り、卵に向かってちょっと手を振る。すかさず祖母がその手をぴしゃりと叩く。)

 

 

(二)

 

 夜中に突然目が覚めた。何か悪い夢を見ていた。

 眠れそうにないのでテレビを点けると、僕の顔が映し出されていた。

 何だろうと思っていると、ふいに「今日は20分かかりました」というナレーションが聞こえてきて、その後すぐに砂嵐になった。

 

 

(三)

 

 動物園から逃げ出した虎が、「ごめんよ、ごめんよ」と言いながら私を食べている。虎の息は、酒と飴のにおいがした。

 

 

(四)

 

 君の夢を見た日の朝は、目覚めると爪の間に土が詰まっている。唇には、さようならと言った感覚だけが残っている。思わず泣きそうになるが、ふいに君のことなんか全然好きじゃなかったことを思い出して正気に戻る。しかし、君の夢を見るたびに、全然好きじゃなかったことを思い出すまでの時間が長くなっている気がする。

 

 

(五)

 

 ブリキのおもちゃの象たちがぞろぞろと列をなし、花束と私の父の死体を背に乗せて、通りをどこまでも歩いていく。

 親をふつうに火葬された家の子が、うらやましそうにそれを見ている。

 黄色くただれた醜い雲が、空いっぱいに広がっている。

 

 

(六)

 

 コインランドリーの乾燥機の中で、髪の長い女の首が回っている。

 ベンチには首のないカップルが寄り添って座っている。

 首のない男が首のない女の手をぎゅっと握り、肩を震わせる。首のない男の手の甲に、彼がかつて流したであろう涙の跡が、筋になって鈍く光っている。

 乾燥機の中で、女の首が申し訳なさそうな顔をしている。

 

 

(七)

 

(台所のシンクに人魚が腰かけている。シンクには水が張られていて、洗剤の泡が浮いている。人魚はヒレの先でゆっくりと泡を追いかけている。)

(その横のガス台で、女が鍋を煮ている。女は鍋をかき混ぜながら、人魚に話しかける。)

 

「旦那が、また帰ってこないのよ」

 

(女、エプロンのポケットから写真を一枚取り出し、人魚に見せる。)

 

「新しい女」

 

(人魚、写真をしばらく眺めたあと、シンクに飛び込み、洗剤まみれの排水口の中へと消えていく。)

 

 

(八)

 

 母の葬儀を終えた日の夜、息子がベッドにやってきて、「おばあちゃんのリモコンにビー玉入れて壊しちゃったの」と謝ってきた。

 

 

(九)

 

 次の薬の時間まで、昆虫図鑑を眺めていたら、蝶のさなぎの写真が目に入った。

 さなぎは動けなくてかわいそうだな、と思っていると、隣のベッドの女の子に「私たちだって幽霊のさなぎじゃない」と言われた。

 

 

(十)

 

 海のにおいで目が覚めた。

 どこからか波の音がした。

 ふと見ると、ベッドの縁に、小さな靴が揃えて置かれていた。

 

 

(十一)

 

 火葬場の煙突にトンボがとまっていた。

 横を通り過ぎるときに捕まえようとしたけれど、風が吹いてきて逃げられてしまった。

 トンボを逃がした風に散らされながら、私は夏空へ溶けていった。

 

 

(十二)

 

 仕事をしくじった俺が捨てられた倉庫は、鼠たちの映画館だった。

 夜になると倉庫の扉が開かれて、大勢の鼠がやってくる。

 眼鏡をかけてチョッキを着た老鼠が、動かなくなった俺の体を少しずつ削り取っていく。映画を観に来た連中に、ポップコーンのように俺の肉を売っているのだ。

 映写機が月明かりをエネルギーに動き出す。フィルムがカタカタ回り始める。ちなみに今日の映画は『ダイ・ハード』だ。好きな映画だから最後まで観たいが、途中で席を立った肥った若い金髪の鼠が、さっきから物欲しそうな顔で俺の眼球を舐め回している。

 

 

(十三)

 

「ねえ、マ 」

 

母親

「……」

 

「ママ、聞い る?」

 

母親

「え?」

 

「だ ら、明日、部活 前中に終 るから……何、そ 顔?」

 

母親

「……最近、あんたの話す言葉に、妙な隙間が、空いてんのよ」

 

「……それ、ど い 意味?」

 

(母親、さりげなく娘の言葉の「隙間」に目をこらしながら、)

 

母親

「……いやごめん、気にしないで」

 

「……大 夫? な  、顔色 い ど」

 

母親

「……」

 

「……とに ‐ く、明日いつ - より早め - 迎えに来 - 」

 

(娘の話す言葉の「隙間」に、わずかに亀裂が走る。母親、思わず目をこらす。)

 

母親

「……えっ?」

 

「…… - ?」

 

母親

「ちょっと待って……何、何なの?」

 

「 - う -  -  -  ……?」

 

(亀裂は徐々に大きくなっていく。)

 

「 ― ― ― 」

 

(母親、後ずさりして逃げようとするが、足がもつれてうまく動けない。)

(娘、尋常じゃない母親の様子に怯えながら、母親に何事か尋ねる。)

(しかし、娘が言葉を発するたびに、母親の顔は青ざめていく。)

 

母親

「見るな! 見るな! 見るなあ!」

 

(母親の叫びに反応して娘はパニックになり、ますます大きな声で母親に呼びかける。)

(娘はこの辺りから、言葉が勝手に喉の奥からせりあがってくるような、妙な感覚に気づく。しかし、口を閉じることができない。)

(とうとう母親が気を失って倒れる。)

(娘、叫び続けながら、ふと部屋の鏡台に目をやる。)

 

(娘の話す言葉の「隙間」に生じた亀裂が大きく裂けて穴になっている。そしてその穴の向こう、娘の言葉の内側から、無数の小さな瞳が母親を見つめている。)