超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

針と餅

 月面にぽつんと置かれたベッドの上で、入院服の少女が一人ふてくされている。傍らには何重にも宇宙服を重ね着した男たちがいて、少女に太い注射を打っている。少女は帰りたいと駄々をこねるが、男たちは黙ってロケットに乗りこみ、地球へと戻っていく。その後ろ姿に、「バーカ、バーカ」と少女は悪態をつく。

 やがてロケットの轟音が遠ざかり、再び一人になると、少女は地球に背を向けてさめざめと泣き出す。

 ある日、それを見かねた月の兎が、おそるおそる少女の元へ、搗いたお餅を差し入れた。少女は感激し、お餅をたらふく食べたあと、ありがとうとつぶやいて兎を抱きしめ、ひくひくと動く鼻にキスをした。

 

 次に少女が目を覚ましたとき、兎は既に冷たくなっていた。

 

 何重にも宇宙服を着た男たちが、今日もロケットに乗ってやってくる。その音が近づいてくるのを聞きながら、少女は腕に抱いた兎の死骸に「バーカ、バーカ」と繰り返している。