超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2012-09-01から1ヶ月間の記事一覧

父と火柱

ある晩、父が火柱になってしまった。 母の悲鳴を聞き寝室に駆けつけると、布団の上に細い火柱が立っていた。 大きな四角いレンズのメガネが、火柱の上部で頼りなく揺れていた。唯一残された父の痕跡だった。だが、それもじきに燃え尽きてしまった。 * 次の…

階段と女

自宅のアパートの階段に、見慣れぬ女が腰かけていた。 膝を抱えて、自分の足元をじっと見ている。外人みたいな目をした、むちむちした体の女だった。長いスカートと、ブルーのシャツ。ウェーブのかかった髪を後ろで縛っていた。化粧は薄く、肌の感じからする…

竜巻とホテル

アルバイトの帰り道、ラブホテル街を歩いていたら、自販機で小さな竜巻が売られていた。手のひらに乗るサイズで、1時間ほどで消滅してしまうらしい。 次の日同じ道を通りかかると、中年のカップルが自販機で竜巻を買っていた。 男が小銭を入れ、スイッチを押…

栗子さんと水の音

栗子さんは田舎町に生まれた。ある夏の晩のことだった。 栗子さんがこの世に咆哮をあげた瞬間、分娩室にいた人々は部屋がぐにゃりと歪むのを感じた。人々は栗子さんの顔を覗き込み、その美しさに息を呑んだ。栗子さんを取り上げた看護婦は栗子さんを胸に抱い…

私の叔母と夜の闇

私の叔母は今年、40になる。マンションの6階で、20も年下の男と同棲している。 彼女の髪は真っ黒で、腰までまっすぐ垂れている。綺麗な脚がご自慢で、いつも下着が見えそうなくらい短いスカートを履いている。セックスの前に必ず外国のお茶を飲む。チョコも…

誕生と怒り

妻の出産に立ち会った。 マスクと手袋と帽子まで着させられたわりに特にすることがなかった。仕方なく妻の形相を観察していたら、突然、空気がビリビリと震えた。 もしやと思い、股ぐらを覗き込んでみた。案の定頭が3分の1ほど出ていた。 しかしそこからあま…

口紅と修羅場

人間ドックでレントゲン写真を撮った。鎖骨に口紅の跡が付いていた。違和感を覚えたまま妻と修羅場になった。

サンタとトナカイ

クリスマスの深夜、バイトの休憩時間に外で煙草を吸っていたら、大通りに飾られているモミの木のてっぺんから叫び声が聞こえてきた。野太い男の声だった。 見上げると、空に浮かんだ粗末なそりの上で、サンタクロースがトナカイに胸倉を掴まれていた。 何か…

深窓の令嬢とガラスケース

早朝の住宅街。新聞配達の少年が古い自転車を押して歩いていた。 パンクしたわけでも、疲れているというわけでもなかった。頬は紅潮し、吐く息は熱かった。配達区域はとっくに通り過ぎていた。 彼は何の変哲もない家の前に自転車を停めた。表札には、仲間か…

天使と日替わり弁当

もし私が、私の子孫の誰かの枕元に立っても、助言できるのは、足のむくみの解消法くらいだろうな。 安アパートの屋根を見下ろしてそんなことを考えた。 トンカツの衣を唇にいっぱい貼り付けて 「今日の弁当旨かったな」 と話しつつ、私の魂を運ぶ天使たちに…

バショウと愛こそはすべて

(一) ある日曜日、誰にも名前を覚えてもらえない総理大臣が自宅の庭でビーグル犬の「ジョン・レノン」と遊んでいると、空からたくさんの風船が沈んできた。 風船の紐の先には、小さな本がくくりつけられていた。誰にも名前を覚えてもらえない総理大臣は本…

天使と部屋

部屋が天使だらけなのに嫌気がさして、目を閉じたら、まぶたの裏にも小さな天使が張り付いていた。

母の秘密と水たまり

「小学生だった私は、新しい長靴を買ってもらって、ご機嫌だったわ」 「ある年の秋、長い雨が降って」 「神社の裏庭に(私のお気に入りの場所だった)」 「大きな水たまりができたの」 「小学生だった私が、新しい長靴を履いたまま、水たまりを覗き込むと」 …

当選ハガキと特典

仕事が忙しくて、火葬場から来ていたハガキに気づかなかった。 ハガキには 「ご当選おめでとうございます」 の言葉とともに、QRコードが印刷されていた。 私は画面がひびわれたままの携帯でQRコードを読み取った。すぐに画面が切り替わり、 「焼却中...」 と…

指と金魚

息子が縁日で金魚をすくってきた。 金魚鉢に移して眺めていると、丸い腹の真ん中辺りから、白くて細い虫のようなものが突き出ていることに気づいた。それは人の指だった。 息子に教えると、興味深そうに金魚を観察し始めた。息子は実に間抜けな顔をしていた…

血と穴

飲み屋で友人と騒いでいたはずだったが、気がつくと夜道に倒れていた。服も携帯もゲロまみれだった。周りには誰もいなかった。 倦怠感が拘束衣のように全身にまとわりついていた。頭が痛かったので手を当てると、血が流れていた。口の中に錆びた鉄の味がした…

ロボットと少女

ロボット犬のウンコは美しい。半透明で、光の当たり具合で七色に変化する。しかも果物や花のにおいがするので、女子高生にとても人気がある。 そんなロボット犬のウンコを手首に巻いた女子高生がある日の放課後、ロボット教師にパンツと唾を30000円で売った…

ぶたとおおかみ

狼が死んだ。身寄りはなかった。葬式に来たのは、長男豚だけだった。 坊主の説教を聞いているとき、鼻の奥に埃と藁のにおいがつんと漂った気がした。 狼は小さな学習塾で数学を教えていたが、ある夜、夢の中で猟師に撃ち殺されてから少しずつおかしくなり、…

部品と存在

退屈な退屈な退屈な退屈な退屈な授業中にシャープペンを分解していたら、机の上に広げた部品の中から、徘徊中にいなくなったおじいちゃんがひょこひょこ出てきた。 おじいちゃんは僕を見て何か叫んでいた。声は聞こえなかったけど、吐きたくなるような口臭は…

夜更けの廊下と死なない家族

CGの父が仕事をする、CGの書斎。 CGの母が眠る、CGの寝室。 CGの妹が下着を選ぶ、CGの6畳間。 それらを結ぶCGの廊下に、実写の僕の実写のうんこが、ぽつんと落ちている。

亀とドリル

亀をいじめる子供たちが全員、両手がドリルだったので、太郎は釣竿を磨くことにしました。 それから、この海岸は明日からモーゼが海を割る練習に使うので、しばらく立入禁止になります。 よろしく。

あなたとわたし

(一) (親父の墓参りに行くのはいつだっけ?) などということを考えながら、あとむはうらんの鼻の下の産毛を唇で挟んだ。 うらんは固く目を閉じ、右手で前髪を隠して、左手であとむの尻を触りながら言った。 「あんたがあたしのうえにのっかってきて、わた…

ヒーローと母

彼は正義のヒーローである。 彼は今日、港に現れた怪人とその眷属50人を叩きのめした。 夕方秘密基地に戻り、書類をまとめ、正義の博士の判をもらい、タイムカードを押し、ロッカー室で普段着に着替えたあと、地元のスーパーに赴き、万引きで捕まった母を迎…

ジョークグッズと午後の四畳半

することも、会う人も、口ずさむ歌もない、空白のような午後に、湿った畳にあぐらをかいたまま何気なく金玉を持ち上げて、裏側を見てみたら、皺と皺の隙間に 「これはジョークグッズです。」 と書かれてあった。

雀と桜

四月の蒸し暑い午後のことである。川辺の桜並木は、大勢の花見客で賑わっていた。地面に広げられた色とりどりのビニールシートの上では、無数の人間がひしめき合い、桜を見ては笑ったり泣いたりしていた。 いや、桜を見ている者はむしろ少数だったかもしれな…

肖像と毛

図書委員のYくんが修学旅行に持参した3枚のブリーフには、ナポレオン、勝海舟、シド・ヴィシャスの顔がそれぞれ、へたくそな刺繍で縫いこまれていた。 Yくんの母さんは両手の指に刺し傷をたくさんこしらえた。 けれどやっぱりYくんは風呂の時間、変なところ…

象と穴

下着泥棒が戦利品を隠すために掘った穴に象が落ちて、首の骨を折って死んだ。 いなくなった母を捜すため、サーカスから逃げた象だった。