超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

形見

 ぼくを女手一つで育ててくれた母は、酒に酔うと必ず、「あなた……」とつぶやきながら家を出て、近所にある歩行者用信号機の赤信号の紳士を見ながらよよよと泣く癖がある。母に、ぼくに父親がいない理由を訊いてもいつもはぐらかされてしまう。が、父親の形見だという白い帽子を見るたびに、「将来どんなに悪い人間になっても、交通ルールだけは絶対に守ろう」とは思っている。