超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

波紋

 公園を散歩していたら、痛い、痛い、という幼い声が前から聞こえてきた。ふと顔を上げると、ランドセルを背負った少年が一人、前から歩いてくる。痛い、痛い、というのは彼が言っているようだ。一体何が痛いのだろう。よく見ると少年は小石を蹴りながら歩いてくる。痛い、痛い、と言うたびに小石を蹴っている。足が痛そうな様子はない。どうやら少年は小石の気持ちを代弁しているらしかった。痛い、痛い。少年が近づいてくる。痛い、痛い。不気味な少年だ。あんなにかわいらしい顔をしているのに、何のつもりなんだろう。そんなことを考えながら少年とすれ違ったその瞬間、少年ははっきりとした声で、助けて、助けて、と明らかに私に向けてそう言った。助けて、助けて。少年の気持ちなのか、小石の気持ちなのか。私は恐ろしくなり、うつむいて足早に少年から遠ざかる。と、背後で痛い、痛い、の声がやみ、ブクブクブクブク、という声が聞こえてきた。振り返ると少年は公園の池を見つめていた。どうやら池に小石を落としたようだった。ブクブクブクブク……ブク。声がふいにやみ、少年は池を覗き、何か満足そうな笑みを浮かべた後、軽いスキップをしながら公園を出て行った。私は自分でもわからない小さな衝動に突き動かされ、きびすを返し慌てて公園の池を覗いた。がそこにはもう、波紋一つ広がっていなかった。