超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

オルゴール

 母の部屋にあるオルゴールの蓋を開けると、暗がりが広がっていた。暗がりに目をこらすと、底の方で女が独りピアノを弾いていた。女に見覚えがある気がして目をこらしたが、遠くてよく見えない。もっとよく見ようと身を乗り出したら、その拍子にオルゴールの中に落っこちてしまった。はっと気づくと目の前にさっきの女がいて、片手でピアノを弾きながら絆創膏を私に手渡そうとしている。膝が痛い。見ると、すりむいて血が出ていた。落ちた時にすりむいたらしい。頭上遙か遠くに、母の部屋の明かりが見える。相当な高さから落ちたようだ。女から絆創膏を受け取り、その顔を間近で眺めているうち、気がついた。女は、私が幼い頃にいなくなった最初の母にそっくりだった。「お母さん?」そう言いかけた時、頭上からパタン、と音がして、辺りが真の暗闇に包まれた。誰かがオルゴールの蓋を閉めたらしい。慌てて立ち上がったが、何も見えない。するとピアノの音がふいに途絶え、「これからはずっと一緒よ」とささやく声がした。蓋があった辺りから、今の母のすすり泣く声が聞こえてきた。