(真夏。蒸し暑い夜。)
(橋の下に老いた男が二人――髭の男と、野球帽の男。)
(地面に敷かれた段ボールの上で、ともに暑さにうなされながら眠っている。)
(空には月も星もない。真っ暗な闇の中に、男達の寝息と川のせせらぎだけが聞こえている。)
(ふと、髭の男の枕元に、夜の闇よりももっと濃い闇の塊が現れる。)
(闇の塊は丸い形をして、ふよふよと漂っている。)
(やがて髭の男の首の辺りにやや細長い闇の塊が現れる。)
(細長い闇の塊は、髭の男の顔を丸い闇の塊へとやさしく近づける。)
(髭の男の寝息が止む。)
*
(翌朝。蒸し暑い晴れの日。)
(二人はうつろな様子で、橋の欄干を背もたれにして座っている。)
(髭の男がふいに口をひらく。)
いい夢を見た。
(野球帽の男は動かずに答える。)
どんな夢だった。
(髭の男はうつろに答える。)
……覚えちゃいないが……いい夢を見た。
(野球帽の男はふんと鼻を鳴らし、億劫そうに立ち上がる。その時、髭の男の異変に気付く。)
(髭の男の顔が、暗くてよく見えない。)
(野球帽の男は目をこらす。橋の影は髭の男の方には傾いていない。影の中にいるのは野球帽の男の方だ。それなのに、髭の男の顔が、暗くてよく見えない。)
お前、ちょっとこっち来てみろ。
(野球帽の男がそう話しかけるが、髭の男は何も答えない。ただ手元の小石を指でこねくり回し、目の前の川に投げ込んでいる。)
(何か様子がおかしい。その様子のおかしさは、俺にも何か身に覚えがある類のおかしさであると、野球帽の男は直感的に感じる。)
(しかし彼はそれをうまく説明できない。)
(結局、野球帽の男は首をかしげ、どこかに去っていく。)
*
(真夏。蒸し暑い夜。)
(橋の下に老いた男が二人――髭の男と、野球帽の男。)
(地面に敷かれた段ボールの上で、ともに暑さにうなされながら眠っている。)
(空には月も星もない。真っ暗な闇の中に、男達の寝息と川のせせらぎだけが聞こえている。)
(ふと、髭の男の枕元に、夜の闇よりももっと濃い闇の塊が現れる。)
(闇の塊は丸い形をして、ふよふよと漂っている。)
(やがて髭の男の首の辺りにやや細長い闇の塊が現れる。)
(細長い闇の塊は、髭の男の顔を丸い闇の塊へとやさしく近づける。)
(髭の男の寝息が止み、その喉がごきゅごきゅと鳴りだす。)
(野球帽の男が目を覚ます。妙な音がする。野球帽の男は音の方に目をやる。)
(髭の男の枕もとで、闇よりも暗く湿った闇の塊が、女の姿をして、髭の男に乳を与えているのが見える。)
(驚く野球帽の男。その目の前で、布に絵具が染み込むように、髭の男の体はじわじわと闇と同じ色に染まっていく。)
(野球帽の男はどうすることもできない。)
(やがて髭の男は夜の闇に溶けていき、女の姿も消えてしまう。消える瞬間、女は明らかに笑っていた。)
(呆然とする野球帽の男の鼻を、湿った川のにおいの中に混じって漂う、乳のにおいがふっとくすぐる。)