(夜の病室。カーテンで区切られ、整然と並んだベッドに、それぞれ患者が寝息を立てている。部屋の端で眠っている老いた女。すぐ傍の窓はブラインドが閉じられ、月明かりがわずかに差し込んでいる。老いた女がふと目を覚ます。ゆっくり目を開けると、病室に青い雪が降っている。)
(老いた女、寝たまま天井に目をこらす。天井は白い幕をゆったりと張ったようになっていて、その幕がかすかに膨らんだり縮んだりしている。老いた女、体を起こす。降ってくる青い雪を手に取る。青い雪の粒は丸く、ほのかに光っていて、小さな目玉のようなものが、粒の中で蠢いている。)
老いた女
「……卵……?」
(カーテンを隔てた隣のベッドに寝ている若い女が、寝ぼけ眼で反応する。)
若い女
「どうしましたぁ……?」
老いた女
「何でもないの」
若い女
「はあ……」
老いた女
「……雪が降ってるわね」
若い女
「……雪? ……どこにですか?」
(老いた女、辺りを見回すと、青い雪は、自らのベッドの上にしか降っていないことに気づく。)
老いた女
「気にしないで。起こしちゃってごめんなさい」
若い女
「いえ……」
(若い女、再び眠りにつく。老いた女が天井を仰ぐ。ゆっくり動いていた白い幕が突然ぶるぶると震え、青い雪がぴたりと止む。)
(しばらく静寂ののち、老いた女の掌の中で、青い雪の粒がぱちんと弾け、透き通った色の稚魚が飛び出してくる。するとそれを合図に、ベッドや床に降り積もっていた青い雪が、次々と孵化し始める。稚魚たちは老いた女の回りを二度三度ふらふらと泳ぎ回り、そしておずおずと老いた女の掌に噛みつく。老いた女が目をやると、痛みも血もなく、掌の肉がちぎれている。稚魚たちは老いた女の体に噛みつく。老いた女の体は少しずつ食われていく。老いた女はそれを静かな目で見ている。)
(ふいに、窓の外に気配を感じる。老いた女がブラインドを開けると、夜の闇の中に潜水艦が浮いている。中には潜水服を着た男たちが居て、老いた女と魚たちを見ながら何かメモしている。老いた女はそっとブラインドを閉じる。)
(再び静寂が訪れる。老いた女はいつの間にか寝てしまう。青っぽい闇に包まれた病室に、かすかに魚たちが肉を噛む音だけが響いている。)
(老いた女がふと目を覚ます。いつもの天井が見える。老いた女はゆっくりと体を起こす。見ると、肉はすっかり食い尽くされ、骨だけになった膝の上で、丸々と成長した稚魚たちが跳ねている。老いた女はそれを静かな目で見ている。)